町の壁

「町に着いたら、服を何着か買っておいたほうがいいな」


 バームはバックミラーに向かって話しかける。


 車は真っ直ぐ伸びた道路を走る。太陽は西に傾いて、空を茜色に染めていた。明かりのついた魔光灯まこうとうが、窓の外を等間隔に過ぎていく。


 周りの大地に人工物も増えてきた。フロントガラスの先には、すでに町の《壁》が見えている。


「おいラズリー、聞いてるかー?」


 バームはバックミラーを覗く。鏡の中のラズリーは会話を拒絶するようにソファーに突っ伏していた。


 どうやらまだ、ふて腐れているようだ。


「お前だって、いつまでもオレの服なんて着ていたくないだろ?」


「…………」


 ラズリーから直接の返事はなかったが、頷くように少女の足が揺れる。バームはそんな少女の様子を見て、呆れたように溜息を吐いた。


 男はしばらく車の運転に集中する。


 気分に合う曲がないのか、男はカーステレオから流れる曲を次々と変えていく。


「まあそうカッカすんなよ、どうせ明日には、お別れできるんだから」


 バームが声をかけるも、少女からの反応はない。最初から分かっていたことなのでバームは一方的に話を続けた。


「あのくらいの町になるとな、夜7時以降は門が閉まる。今から宿を探すのも面倒だし、今日は壁の外で一泊するからな」


 バームは言葉を切って、ラズリーが聞いているかどうかを確認する。少女は変わらずソファーに突っ伏したままだった。


 もしかしたら眠っているのかもしれない、とバームは思ったが、気にせずに言葉を続けた。


「壁の外つっても町のそばだからな。他にも開門を待つ奴らがいるし…… どっちかってーと壁の外のほうが明るいし、うるさいかもしれん」


 少女が反応しないのでバームは一人で喋り続ける。どうせ聞いていないのならば、一気に喋ってしまおうと考えた。


「だから壁の外には大抵、出店が並んでてよ、門が開くのを待つ連中に飯やら娯楽やら、土産品やらを売りつけてるんだ。 ……って、この町のことなら、お前の方が詳しいか?」


 バームはとりあえず口を動かしながら、近づいてきた町を見る。


 夕闇に大きな町の壁の輪郭が溶けていた。それを囲む活気のある光点に男の口元は少しだけ緩んだ。


「そら、もうすぐ到着だぞ」


 声をかけても、やはり少女は顔を上げない。


「この地方だと有名なのは、ユキジカのミートパイか? いや…… 前の町で食べた、ホエドリ串ってやつも旨かったなぁ……」


 男は夕食のことに頭を切り替え、独り言を始めた。


 旨いものを食べれば、後ろのソファーで動かない少女も機嫌をなおすだろうと、さして気には掛けなかった。


 車内では時折、バームが独り言を呟き、少女はそれに答えない。


 車は、一直線の道を進んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る