騎竜隊舎_3

「ねー、ママぁー。パパはほんとに大丈夫なの?」


 遠写鏡ヴィジョンの近くに座っていた男の子が傍らの母親を見上げる。男の子はラズリーよりも幼い。


「大丈夫…… ええ、大丈夫よ…… だって、なるべく早く帰るよ、ってパパは言ってたでしょ? パパは優しいから、きっとみんなを助けてるに違いないわ。ええ、きっとそうよ……」


 親子の会話が聞こえた人たちが事情を察し、母親に同情の目を向ける。母親は息子に気丈な姿を見せるが、ともすれば無言となり顔に陰りが生まれていた。


「ねぇ、あの子は大丈夫?! 本当に大丈夫かしら!?」


 母親の近くにいた女性が感化されたのか、隣に座る男性の胸元にすがる。会話から察するに2人は夫婦のようだった。


「分からないよ…… でもあの子は賢い子だから、きっと、なんとか……」


 そこまで言って、男性は女性を抱きしめる。落ち着いた印象の男性は、鼻をすすって涙を零した。


 バームはそんな親子や夫婦の姿を見て、鼻から長い息を吐く。体の力が抜けるように、ずぶずぶと待合室のソファーに沈み込んだ。


 ニュースが流れる遠写鏡の周りから、悲しみが波紋のように広がっていく。


 男性の鼻を啜る音は、近くにいた老婆から落ち着きを奪った。


「あたしの弟が…… あの村に住んでたんだよ」と老婆はしゃがれた声で、隣に座る若い女性に語った。


「わたしの婚約者は3日前、里帰りすると言って、あの村に行きました……」


 若い女性がニュースを虚ろな目で眺めて、抑揚のない声で淡々と老婆に返す。


「……だけど、まだ、連絡が、かっ、かかってこないんですっ!」


 突然、若い女性は泣き出してしまった。


「あら…… あら、泣かないで」


 両手で顔を覆う女性の背中を、老婆がさすってなだめる。


「ちょっとぉ! どーなってんすか!? オレのダチがあの村には住んでんの! どーなってるのかぐらい、教えてくれたっていーでしょ!」


 受付で若い男が叫ぶ。


「ですから、我々も現在調査中でして……」

「さっきからそればっかりじゃねーか! なんも分かってねーのかよ! 使えねーなっ!」

「…………申し訳ありません。我々も力を尽くしておりますので!」


 若者の苛立ちに対して、受付の若い騎竜隊員も声を張り上げる。


 スピラ村の報道を起点として、騎竜隊舎に集まった人々が動揺し、焦り、嘆く。苛立ちや悲しみを表面に噴出させていた。

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