魔獣における魔素優生論

 木陰に隠れたバームが魔獣の様子を確認すると、《岩壁デーシィ》で作り上げた土の壁が崩れるのが見えた。そしてその土くれの向こうに、ふごふごと歩き回っているキバシノノイの姿が見えた。


「閃光弾が効いたみたいだな」


 バームが手元を見下ろすと、銃に浮かんだ緑の紋様が消えていくところだった。


「こいつはもうダメか……」


 ラズリーは茂みの陰で、バームの呟きを聞く。


「その銃、ダメなの?」

「ん、まあな…… 効かなくなっちまった」


 ラズリーからの問いかけに、男は苦く笑った。それから少女の目線をキバシノノイに促す。


「ラズリー、アイツの体がなんつーか、もわもわしてるのが分かるだろ?」

「あっ、うん! 体の周りに、なんか透明なモヤモヤ? が見えるよ」

「それなぁ…… どーやら、あの魔獣を怒らせすぎたらしい…… 魔力が溢れてるみたいでな、オレの弾丸も弾かれるようになっちまった」


 手立てのない状況に、バームは肩をすくめた。


 閃光弾で一時的に視力を失くしたキバシノノイは、いまだにうろうろと動き回っている。地面を嗅ぎ回っていた。次の攻撃に備えて周囲を警戒しているのか、それともバームたちを見つけ出そうとしているのか? 野生動物の真意は分からない。だがバームの言うとおり、キバシノノイは体から熱のように魔力を放出し、全身の毛を逆立たせていた。


「あの透明なもわもわ…… モヤはな、アイツの体内で生成された魔素なんだよ。全ての物質に魔素は宿るって言ったろ? それは魔獣だって例外じゃない」


 バームは一旦、話を止めてラズリーの理解を待つ。少女が頷いたので男は先を続けた。


「そんで魔獣にもな、人間と同じように《魔素優生論》が通用する。生まれながらにして魔術の才は決まってる、っていうアレな…… その理論で言えば、あのキバシノノイは通常の個体よりも優れてるんだろう。ヒトの中でのお前みたいにな」

「その例え…… あんまり嬉しくないんですけどー」


 バームの解説が気に入らなかったのか、少女は目を細めた。


「そうか? 魔法の才能は無いよりもあったほうがいいだろ。少なくともオレはそう思うが…… まあいい、話を戻すぞ。それでアイツ、あのキバシノノイは…… 我が子の死、それからオレにちょっかいを出されたことによって感情がたかぶった。それで元から十分すぎるほど蓄えてられていた魔力が体の外に漏れ出しているんだろう。おそらくな…… で、その魔素が体を包んで、言うならば《結界》のようなものを形成している…… と考えられる。要するにバリアだな、バリアー。だからオレの魔導銃も効かなくなっちまったってワケだ」

「はいはーい! ってことは、魔獣も魔法も使えるってことですかー?」


 授業で質問するときのように、ラズリーは木陰からぴょんぴょんと手を伸ばした。


「どうした、急に?」

「バームが先生みたいな言い方をするから…… それに魔獣が魔法も使えるとしたら、ヤバいなーって思って」

「なるほど、うん?」


 バームはひとまず頷いた。なるほど、と言うわりには首をかしげていた。


「まあ、まずお前の疑問に答えると、魔獣は魔法を使えない。なぜなら魔法を使うには、呪文を唱える必要があるからだ。あと集中な…… 要するに奴らには、魔法を使えるだけの知能がない。喋れないしな、基本的に」

「あの…… 『基本的に』って言うことは?」

「ああ、例外も存在するってことだ。 ……魔素ってのはおそらく、『意思を乗せた言葉』に反応して起こるんだと考えられる。つまり呪文だな。んで魔獣の中にも、鳴き声によって魔法によく似た現象を起こせることを知ってる奴らがいるんだよ。例えば竜種りゅうしゅなんかを筆頭にな…… まあ、出会ったら終わりだと思え、なんて言われてるような連中ばっかりだから、慎重に生きることをモットーにしてるオレがそんな奴らと出会うことはない! よって気にするだけムダってことだな!」


 バームは得意げに胸を張った。それから舌が回るのか、さらに続ける。


「ついでに言うと魔力の大きい魔獣ほど、より狂暴で好戦的になるらしい。野生の魔獣が危険だと言われる理由はここにある。奴らはオレたちを見ても警戒どころか、襲ってくるしな……」

「へぇー」


 ラズリーは素っ気ない返事をバームにする。


「なんだよ? せっかく教えてやってるのに」

「えっ? や、だって、そこまでは…… 聞いてないし」


 それを聞いて男はムッとしたのか、口を開いた。しかし、怒気をこらえて口を閉じる。


「そうか、いらないことを言った。悪かったな……」

「それで、これからどうするの?」


 幹の裏から顔を出し、キバシノノイの様子を見ながら、ラズリーは尋ねる。少女はバームのテンションが下がったことには気付いていないらしい。


「そう、だな…… なにもしない。隠れてやり過ごすしかないだろう」

「えぇーっ、ここで? 《カ》に刺されてツラいんですけど!」


 すでに数か所、ラズリーは血を吸われているのか、腕をポリポリと掻いていた。


「そのくらい我慢しろ!! ……だってなぁ、仕方ないだろ。オレの魔導銃は効かないし、他に有効な手は思いつかない。オレが使える魔法や車の中の、魔導具の組み合わせも考えてみたが、どれも通用しそうにない…… 相手が悪すぎたな。まさかここまで強い魔獣だとは思わなかった…… 普段なら絶対に手を出さないのに」


 それからバームは木にもたれて、ぶつぶつと文句を言い始めた。


「ならどうして、『駆除するしかない!』なんて、飛び出したのよ?」


 少女の問いかけに、バームは顔をあげる。


「そりゃ、お前…… お前……」


 男は、あご髭を撫でつける。考え込むように目線を右上に向けた。


「……ねぇ、バーム?」

「なんだよ、思い出してんだから邪魔するな」

「それよりもね、あの、キバシノノイが……」

「なんだよ、もうどっかに行ってくれたのか?」


 月と《太陽テイオー》の魔法に照らされた岸辺を少女は覗き込んでいた。だからバームも木の裏から顔を出す。最初に、前足で地面を掻いているキバシノノイが目に入った。魔獣の牙はバームとラズリーが隠れている地点を真っ直ぐに狙っている。

キバシノノイは突進を開始する。


「うおっ!? 逃げろ逃げろ、逃げろッ!!」


 バームはラズリーの手首を捕まえて、走り出す。


 キバシノノイの突進は、まるで爆発のようだった。轟音とともに木々を吹っ飛ばし、メキメキと森を破壊していく。


 先程までバームたちがいた場所は、キバシノノイによって粉砕されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る