助けた理由

「お前、なぁ……」


 ノートを見たバームは、自分の灰色の髪をかき混ぜる。


「のぞき目的で車に乗せた、なんて思われてたのもしゃくだが…… ちょっと聞き方がストレートすぎやしないか?」


 ラズリーは、なぜバームが嫌そうな顔をしているのか分からず、ぱちぱちと目をしばたかせた。


 彼女は疑問を、素直に書いただけなのだ。


「なぜかって言やぁ、そりゃ…… 自己満足さ」


 バームは「ふん」と鼻を鳴らした。


「オレは小さな村が魔獣どもによって滅ぼされるところを見た。そんで、その村の生き残りっぽい女の子がもう日も暮れようって時にぽつりと山道を歩いているのを見た…… 雨が降ってるのにもかかわらず、傘も差さずにな」


 バームは腕組みをしながら、険しい顔をラズリーに向けた。


「だから、いたたまれなくってお前を助けた。オレにとっちゃあ日常の延長にしばらく、ガキが1匹増えるだけだ。南の町の《騎竜隊きりゅうたい》の元まで届けるし、温かい風呂と飯を提供することなんて大したことじゃない。だから、その…… そうしている。お前にとっちゃそれが、親切に見えてるってだけだ」


 バームは話し終えて一息ついた。少女の目には男がひどく疲れた顔をしたように見えた。


 それにラズリーはバームの言葉を全て理解できたわけではない。


 ただ感覚として、目の前にいるおじさんは悪い人ではない、と感じた。


「……ほら、くだらねぇこと考えてないで、さっさと風呂に行ってこい。その間にメシでも作っといてやるからよ」


 バームはめんどくさそうに頭を掻き、ラズリーの手に大きなタオルを押し付ける。背中を押されて、ラズリーは車の外へ追い出された。


「あ、そうだ。シャワーから出るお湯は熱いから気を付けろよ。水を出しながら、うまく調節しろ」


 バームは車の中から、車外に出たラズリーに教える。


「あと、ここのドア開けとくからな。温まったら勝手に出てこい」


 車の後ろ扉を指しながら言い、それからバームは運転席のほうへ戻っていく。


(あのっ、ありがとうございます……)


 ラズリーは、そう言おうとした。


 しかし言葉は声にならず、口から僅かに「あ……」と、空気が漏れただけだった。


 今から車内に戻ってノートに書いて伝えるのでは遅いような気がしたし、タオルまで渡されてしまっている。なので、素直に小屋に向かおう、と少女は結論付けた。


 小雨に打たれて小屋に向かう途中、少女はまた声を出せるようになるのかと不安になった。


 乾くような恐怖を感じて、自らの喉に手を当てる。視線はなぜか、停めてある車に向かった。大きな四角い車は魔光灯に照らされて明るい。


 窓の中に、鍋を手にしたバームの姿が見えた。お兄さんのような、おじさんのような男は、せっせとご飯を作っているようだった。


 それを見るとラズリーの恐怖心は薄らぎ、喉から手を離すことができた。


(いつかちゃんと、おれいを言わなきゃ……)


 ラズリーはそう決意して、前を向く。


 少女は森の手前に置かれた、大きなキューブの前にたどり着いた。木の板を継ぎ合わせて作られたような小屋の前面にはドアがある。


 ラズリーは緊張しながら、ドアノブを回した。

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