バーム vs キバシノノイ

「落ち着け…… 慎重に行け、オレ……」


 バームは呟きながら車の外へ飛び出した。


 落としてしまわないように、大型銃のグリップをがっしりと握り締める。


 男は脇目も振らずに駆け出して、まずは魔導トレーラーから距離を取った。丸くて白い月のおかげで足元も明るい。草地から岸辺までバームは走り抜けた。


「こっちだぞ! 《太陽テイオー》ッ!」


 バームは光源の確保と魔獣の注意を引くために、短杖に宿した魔法を放つ。空に放たれた魔法は魔力の尾を引き、男の頭上で花開いた。光の塊が夜空に浮かぶ。


「ブヒッ?」


 親シノノイは混乱していた。


 突然、我が子が動かなくなり、怒りに任せて白く四角い存在に突進したら地面に阻まれて、今度は上空に光の球が現れたのだ。


 湖畔は昼間のように明るくなり、光が届かない場所では逆に闇が濃くなる。


 そんな中、大牙の魔獣は光の球体の下に影を見つけた。二足歩行の影だ。


「《雷電ライデン》!」


 二本足の影は吠えた。直後に影の手の先から白い電撃が伸びてくる。それは蛇のようにうねり、キバシノノイに直撃した。


「プギィィィィィイイッッ!」


 魔獣は体を流れた痛みに悲鳴をあげた。電流を浴びながら魔獣はさとる。


 二足歩行の影が、敵であることに。


 ひいては我が子を殺した電撃のあるじが、その影かもしれないことに。


 成体の魔獣は「フゴォッ!」と一鳴きした。その気迫で雷の魔法を断ち切る。ブルブルと胴を震わせて、体に残る痺れと電子を吹き飛ばす。


 前足の蹄で地面を掻いて、二足歩行の影を貫かんと、猛烈な突進を開始した。


「おいおい…… おいおいおい!」


 バームは首の後ろから血の気が引いていくのを感じた。眼前から大型魔獣が突っ込んでくる。


 真っ直ぐ伸びた牙は太い槍。素材として見れば間違いなく一級品と言えた。白くなめらかな曲面が月光に輝く。


 バームは両手両足を必死に動かして、魔獣が作り出す、死の直線から逃れた。


 キバシノノイの突進は小回りが利かないらしく、暴走した魔導車のように近くの森林へと突っ込んでいく。バームの胴回りほどある木のみきがバキバキと音を立て、小枝のように折られていく。


「マジ、かよ……」


 キバシノノイの直進から逃れ、振り向いたバームは言葉を失う。


 彼が見たのは、森の中に即席で作られた林道だ。それは木々が嵐でなぎ倒され、無理やりひらかれたかのようだった。


 終点にキバシノノイの尻が見える。短い尻尾を揺らしながら、魔獣は鼻を鳴らしていた。


 どうやら自慢の牙が木の幹に突き刺さっているらしい。引き抜こうと後退するも、牙は深く食い込んでしまって抜けないようだ。


 バームはそれを呆気にとられて見ていた。魔獣を仕留めるチャンスではあったが、障害物をことごとく粉砕する破壊力にバームはひるんでしまっていたのだ。


「フゴォッッ!」


 魔獣は苛立ちに任せて首を振った。もともと折れかけていたのだろうか。牙が突き刺さった樹木が、へし折れて倒れる。夜の空気に木の葉と土煙が舞った。


 のしのしと向きを変え始めるキバシノノイを見て、バームは我に返る。


 彼は、手にずっしりと握られている大型魔導銃のマガジンリリースボタンを押した。シャッ、と音を立て、弾倉がバームの手の平に落ちてくる。


 彼は弾倉マガジンを強く握りしめた。弾が補充されるイメージを頭の中に思い描く。


 すると弾倉の側面に輝きを帯びた《旧世界語》が浮かび上がる。そして次の瞬間には、まるで幻が実体になるかのように魔法弾が弾倉いっぱいに詰められていた。


 バームはそれを再び、魔導銃のグリップへと押し込む。


 方向転換を完了したキバシノノイとバームの目が合った。魔獣が前足で大地を掻く。


 バームは冷や汗を流しながら大型銃を構えた。照準はキバシノノイの眉間を素早く捉える。魔獣の憤怒ふんぬに燃えた目が男を睨む。


 男は両手の震えを抑えながら、魔導銃の引き金を引いた。


 銃声と共に重い反動がバームの両手を痺れさせる。銃弾は一直線に進み、キバシノノイの左目から、やや上にズレた位置に命中した。


 銃弾に貫かれた痛みに魔獣が吠えた。体勢が崩れて、地面に膝をついた。


「ふぅ……」


 バームは緊張を吐き出す。額から流れた汗をぬぐう。視界の先のキバシノノイは左目の上から血を流し、地面に倒れ伏していた。

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