第17話 猫のドアノッカー

 眠れる獅子のように不気味な沈黙を孕んでいる、悪夢的、厭人的、自己充足的な館に感心しながら、影少年と詩人は正面入口に向かった。門をくぐり、敷地内に入っても、だれも見かけず、だれにも見咎められなかった。玄関前の階段をのぼり、扉の前に立った。

「おや、これはなかなか愛らしい」

 憂鬱症を誇示するような陰々とした扉に、紅一点のような、猫をかたどるドアノッカーがついていた。静かに眼を閉じて、輪っかをくわえている。

「さすがは猫夫人。ノックも猫任せ」

「かわいくはありますけど、不釣り合いですね」

「いいんじゃないの? どうせ端正な建築でもないし。好きなだけ趣味に走ればいいさ」

 ナナシは背伸びをして、ドアノッカーの輪っかを握った。と。

 猫のドアノッカーが、閉じていた眼をぎょろりと開けた。影少年と、目が合った。

「おまえは招かれざる客だ」

 猫のドアノッカーが、輪っかをくわえたまま、錆をおびた声で言った。

「どうもすみません。招かれてはいませんが、猫夫人とお話ししたいことがあるのです」

「猫夫人は、決して話すことはないだろう」

「そこをなんとかお願いできませんか?」

「話せないね」

「なかなか強情なドアノッカーだな」

 エリアンが笑った。猫のドアノッカーは、じろりと詩人を睨みつけた。

「おまえたちは、死を否定できるのか?」

 ずっと輪っかを握っているのもなんなので、影少年は手を離した。

「ぼくは死の意味を探しています」

「答えになっていない」

「否定できるのかも含めて、死を知りたいんです」

「死を否定できないなら、猫夫人は話せない」

「えらく厳しい条件だな。帰ろう、ナナシくん。そんなんじゃあ、だれも猫夫人とは会えないよ」

「会うのは構わん」

「……あ、そうなんだ」

「ノックしてもよろしいですか?」

「構わんが、猫夫人は話せないし、答えることもできない」

「会ってもいいけど話せないの? 下々の者とは口もききません、といったところかな。お高くとまってるね」

「むしろ低姿勢だ」

「どこが?」

「猫夫人は死んでいるからだ。あおむけの死体がホールに倒れている」

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