第14話 影の鑑

「この街は人気ひとけがありませんね」

「この世界はね」

「どこもそうなのですか?」

「いるところにはいる。でも、人ごみさえも静かだな。影は騒がしいのが苦手なんだろう」

「こうやって、あなたが隣を歩いていて、さっきも墓地で人と会ったのに。不思議ですね。なぜだかふと、もう世界にはだれもいないような気がしてくる」

「案外、それが真実なのかもしれないよ」

「まさか」

「つまり、他人なんてのは、すべて幻だったというわけさ。墓掘り人なんていなかった。詩人なんていなかった。すべてナナシくんのみた夢さ」

「それは、ずいぶん独善的な考えですね。どちらかといえば、ぼくは、自分が幻だったという方が、しっくりきますけど」

「おやおや。きみは本当に、生きている実感が薄いんだね。影のかがみだよ、まったく」

 影少年と詩人は、空っぽな街を歩きながら、気の向くままに言葉を交わす。歩行に一応の目的地はあるが、会話にことさらな目的地はない。影がふたりいれば、口はふたつになる。口がふたつあれば、言葉は無限に増えていく。いくらでも。

「他人は幻で、自分も幻か。最初からだれもいなかったのかもしれないね。愉快な話だ。でも、逆の可能性だってある」

「逆の?」

「つまり、だれもいないように見えるこの街に、本当はおびただしく人がひしめいているってわけさ。おれたちが知らないだけでね。ほら、ビルが見えるだろう。蜂の巣のように窓がいっぱいだ。どこにも人影はない。でも本当は、おびただしい窓のひとつひとつにだれかが立って、窓よりもおびただしいふたつふたつの眼で、おれたちをじっと注視している。そんなふうに想像してごらん」

「吐き気を覚える想像ですね」

「だれもいない方がマシかい?」

「ええ、よほど」

「きみはやっぱり、影の鑑だよ」

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