第13話 赤信号の中の彼

 横断歩道を前にして、エリアンは立ち止まった。車が通る気配はない。

「なぜ止まるの?」

「信号が赤だからだよ」

 なるほど、信号機は赤い光を放っている。生きとし生ける者は黒く塗りつぶされ、死せる空も黒く塗りつぶされたが、生命の宿らない物体は、いまだ黒以外の色彩をとどめている。歩行者用信号機には、立ち止まった人間を表すシルエットが、赤を後光にして浮き上がっている。止まれと警告するピクトグラムの彼も、のっぺらぼうの影みたいだ。

「彼もおれと同じく、帽子をかぶっているね」

「彼って?」

「赤信号の中の彼だよ。血だまりに浸かっているようじゃないか。信号機によっては、彼自身が血まみれだ。きっと事故死を見すぎたんだろう。不憫な生涯だ、そう思わないかい?」

 車も通らず、歩行者も見当たらない、がらんとした大通りで、詩人と影少年は信号を待つ。

「交通法規なんか重要ではないんだ。おれが赤信号で止まるのは、彼にシンパシーを感じるからだよ。赤色に佇む立ちん坊の彼にね」

 信号が青に変わると、赤信号の彼は黒に染まった。束の間、彼は影になる。影の世界の住人のように。

 影少年と詩人は、横断歩道をてくてく渡った。

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