第12話 たったひとつの運命

 彼女は言った。

「あなたは運命を信じる?」

 手が触れるほど近くに座って。対岸にいるような遠さを感じて。

「さあ。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。よくわからないよ」

「あなたは中庸が本当に好きね」

 影の少女は、くすくすと笑う。

「それで、なにか得をした?」

「というと?」

「中庸にとどまって、なにかいいことはあった?」

「どうかな。なにがいいことでなにが悪いことか、よくわからないんだ」

「あなたのそういうところ、面白いわね。柔軟なのか頑固なのか、本当によくわからない」

「なんだか、わからないことだらけだね」

 影の少年も笑った。ふたりとも笑っていた。お互いに顔は真っ黒だった。

「きみは、運命を信じているの?」

「ううん、その逆。運命なんて、この世界にはないと思う」

「影の世界に運命はない?」

「あらゆる世界に、運命はない」

 影の少女は、影の少年をまっすぐに見つめた。

「わたしとあなたが出会ったことにも意味はない。わたしの存在にもあなたの存在にも意味はない。あらゆる出来事、あらゆる人間、あらゆる感情、あらゆるすべてに意味がない。この世界に条理はなく、価値はなく、目的はなく、意味はない。生まれたことに意味がないように、この世界にも意味はない。だから、運命なんてない。わたしはそう思っているの」

「ずいぶん虚無的に聞こえるけど」

「不快にさせたならごめんなさい。あなたは、はかりがどちらに傾いても嫌なんでしょう? いいわよ、それで。共感してほしいわけではないの」

「共感できるかどうかはわからないけど、きみの考えは聞きたいな」

「そう? 物好きね」

 しばらく沈黙がおりた。その沈黙すら、影の少年には居心地がよかった。隣にいるだけで、満たされるのだ。影の少女にとってどうだったかは、わからない。

「でもね、そんなわたしでも、ひとつだけ信じていることはある。この世界でなによりも確かなこと。その一点においてだけは、わたしは運命論者と重なるのかもしれない」

「きみはなにを信じているの?」

「死よ」

 影の少女は、微笑んだ。

「この意味もなく価値もなく、運命などない世界にも、死はかならずやってくる。あらゆる生命に死は訪れる。生まれることに意味はなくても、死がその無意味をあがなってくれる。それが、わたしの信じる、たったひとつの運命なの」

 彼女は言った。そう言ったのだ。

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