第10話 影少年の提案

「逃げたらどうですか? みたところ他にはだれもいないようだし……。別に死ななくてもいいのでは?」

 影少年の提案に、穴底の墓掘り人は首を振る。

「わかってないな。俺は猫夫人に忠誠を誓っているんだ。こころを捧げているんだ。ぞっこんなんだ。猫夫人が死ねと命じたなら、死ぬしかない。それが俺の倫理なんだ」

「忠義な死にたがりだね」

 エリアンが感心するように言った。

「でも、その死に意味はありますか?」

「だから、意味なんてないって言っただろ、ききたがりの、こまっしゃくれの、クソ影の、クソガキが」

「あなたは名前を持っていますか?」

「名前のないやつなんているかよ、馬鹿にしやがって、ど阿呆が」

「ぼくには名前はありませんが、ナナシと呼ばれたりもしています」

「じゃあ、あるじゃねーか、名前がよ。ふざけんなよ、ど畜生が」

「よかったらお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「嫌だ」

「そうですか。では、墓掘りさんと呼ばせてもらいます。墓掘りさん、よろしければ、死ねという命令の取り消しを、ぼくたちが猫夫人に頼んできましょうか? そうすれば、死ななくても済むのでしょう?」

「おっと、ナナシくん。ずいぶんとお節介だね。そんなことをしていて、死の意味が見つかるかな?」

「さあ、どうでしょう。でも、死の意味がどこにあるかはわかりませんから、とりあえずは、死のまわりをうろつくしかありません。ついでに死にたがっている人を止めても、別にかまわないでしょう?」

「あるいは、ナナシくんも死ねと命じられるかもしれないね」

「それはそれで、近道になるかもしれません」

「なるほど」

「いかがでしょう、墓掘りさん?」

 禿頭の墓掘り人は、穴の上からのぞく二人組を、ぼんやりと見つめた。

「なんなんだ、お前ら? 本当に御使いじゃないのか? 単なる物好きな連中か……。好きにすればいい、俺の知ったことか」

「それでは、まだ死なないでくださいね。ぼくらが猫夫人のもとへ向かってるあいだは」

「死ぬなって、じゃあ、どうしたらいいんだよ」

「墓を掘ればいいじゃないか、引き続き」

「ど腐れが」

 吐き捨てるように言って、墓掘り人はまた両手に顔をうずめた。泣いてはいないようだった。

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