第16話 森を抜けて
キホーテの森を抜けると、視界が広がった。荒涼とした丘がなだらかに隆起しており、道なりに行ったその先に、明らかに建築には不向きな崖っぷちに、猫夫人の館は建っていた。横幅も奥行も未知数な、窓の点々と灯る宏壮な館。稲妻と雷鳴が似合いそうな、悪趣味で不気味な建物だった。
「さて、見えてきた。ようやく森を抜けて、猫夫人の華麗なる
「なんだか、不思議な森でしたね。長かったような、短かったような。歩いていると、自分がいなくなるような森でした」
「キホーテの森は、記憶を奪う森とも言われているからね。もしかしたら、知らないあいだに、おれたちは何日も何週間もさまよっていたのかもしれないな」
「まさか」
「まあ、過ぎてしまえばどうでもいいことさ。どんどん忘れて、身軽に行こう。記憶なんて、必要になればいつでも呼び戻せるさ。というより、勝手に戻ってくるんだ、暴力的なまでに。きみが望もうと望むまいとね」
詩人は愉快げに、唄うように、言葉をつけ加えた。
「“なぜなら、自然のなかにあるものは、ことごとく結びつき連関しあっており、また魂も、これまでにすべてのものを知りつくしているのだから、だれもただひとつのことを想い起しさえすれば、つまりふつうのいい方でいえば、ただひとつのことを学びさえすれば、そしてその人に勇気があり、探求のさなかで気が遠くなるようなことさえなければ、何ものにもさまたげられることなく、そのひとつのことを手がかりにして、ひとりでに過去のすべての知識をよみがえらせ、その他のこともひとつのこらず再発見するだろうからだ。探求にしても学問にしても、すべて想起にほかならないからである”」
「それも詩ですか?」
「いいや、哲学だよ」
「ぼくには詩も哲学もわかりません」
「だったら、ナナシくんには詩も哲学も向いているな。理解できないものを理解しようとするのが、哲学であり、詩でもあるんだ。哲学は世界の骨格を、詩は世界の表情を」
エリアンは自嘲するように笑った。
「おれは詩にも哲学にも向いてないんだ。理解できないものを、理解したふりでごまかしているだけだから」
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