第11話 いいかげんな運命論者

 影少年と詩人はハムレット霊園を出て、てくてく歩きはじめた。

「さあ行こう、猫夫人の猫だらけの屋敷へ。さあ行こう、無意味な死を止めるための無意味な旅へ。さあ行こう、影と影が連れ添って」

 詩人は陽気に笑っていた。

「エリアンは、猫夫人の家を知っているのですか?」

「場所くらいはね。おれも、影になってからずいぶん経つ。影の世界をいろいろと巡ったものさ。だから、ナナシくんの案内人くらいは務まりそうだ」

「感謝します」

「感謝したいのはこちらの方だよ」

「なぜです?」

「おれはね、いいかげんな運命論者なんだ。もといた世界も影の世界も、不条理で無秩序で混沌としているのは、ひっくり返った玩具箱と変わりないが、それでも、運命と呼ばれるなにかはある。世界の輪郭、基本線みたいなものだな。玩具が遊ばれるためにあるように、すべての事物、すべての人間、すべての言動には意味がある。ただあまりにも散らかりすぎてしまったために、凡夫のわれわれに運命は見定めがたい。感情というのは、運命と世界の誤差によって生まれるんじゃないかな。輪郭をはみ出した色彩が、感情だ」

「なにか、矛盾しているような物言いですね」

「矛盾が感情で、矛盾が詩だ。ただね、影の世界をぶらぶらぶらぶらあてどなく歩きまわって、結局いまもむかしもひとりきりだと気づいて、ふと、永遠に真っ黒な空を見上げたりしていると、楽観的な悲観論者のおれにも、ついに疑いがきざした。この世界には、まるっきり意味なんてないんじゃないのか? すべての事物、すべての人間、すべての言動には、なんらの意味も価値もないんじゃないか? いいかげんな運命論者が、気まぐれに真面目に考えるとこうなるという、その典型例だな。惨憺たるものさ。運命を信じられなくなったわけだ。きみは運命についてどう思う?」

「さあ。あるともないとも、言いきれませんね」

「おれも言いきれない。だが、信じてはいたわけだ。いいかげんな信じ方ではあってもね。信じる者は救われる――至言だよ。即物的なまでの訓戒だ。信じていたものを信じられなくなると、本当に、救われない。ひどいものだ」

「いまのあなたは、それほどひどい状態には見えませんが」

「そうか、そうか。だから、きみに感謝なんだよ、ナナシくん。人ひとりなるは善からず、ってね。きみは、おれに運命を感じさせてくれたんだよ。ぼんやりふらふらとさまよう影の迷子。聞けば、死の意味なんてあやふやなものを探しているという。おれは、ぴんと来た。おれの無意味で無価値に思われた旅と、それによって得た知識は、この少年を導くためだったのではないか? この少年こそが、おれの運命なのではないか? ナナシくん、きみはおれにとって、輝かしい福音だったんだよ」

「光を失った影がですか?」

「うん。たまには、真っ黒な福音というのも悪くない」

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