第6話 エリアンの棺

「着いたよ。ここがハムレット霊園だ」

 門は開いていた。鉄柵の門扉になにか注意書きのようなものが貼りついているが、文字がかすれて読めなかった。

「なんて書いてあるんですかね?」

「さあね。“この門をくぐる者、一切の望みを棄てよ”とか、大方そんなところじゃないかな。どうせ、つまらない忠告だよ」

 霊園は広かった。子どもが遊んだり、恋人同士がピクニックにでも来そうな、上品で感じのいい墓地だった。影の世界の淡い残光に照らされて、縦横無尽に墓石が並んでいた。石の形はさまざまだった。丸、三角、四角、十字架、手を模したもの、獣を模したもの、故人らしき彫像、などなど、個性豊かな墓石の群。そのすべてが虚しく、虚飾のぶつかりあいの結果、すべてが無個性に見えた。

「“君の魂は、ひとりぼっちの自分に気づくことになろう。灰色の墓石の、暗い思念に囲まれて――ありとあらゆる人の群れの、だれ一人として、君の、匿された時間を、うかがおうとするものはない”」

 エリアンがぼそぼそとつぶやいた。

「なんですか、それは」

「詩だよ。墓にはぴったりの詩だ」

「エリアンの詩?」

「いいや。書いたのはおれじゃないよ。でも、読んだのはおれだ。いわば、止まった時計のゼンマイを巻いたわけだ。だから、半分はおれの詩だよ。オルゴールは、だれかが鳴らしてやらないといけない。そして、だれかが聴かなければならない」

「ぼくには、詩がよくわかりません」

「わかるやつなんていないよ」

 エリアンははぐらかすように言って、暗唱をつづけた。

「“そのわびしさのうちで、沈黙を守りたまえ。そのわびしさは孤独とはちがうのだ――そのときには、かつてこの世で、君の前にいた人々、今は亡いその人々の魂が、死の世界で、再び君をとりかこみ――彼らの意志は、君の上に、その影をおとすはずだから。さあ、静かにしていたまえ”」

 エリアンはくすくす笑った。

「墓場を見物する影たるわれわれも、できれば静かに歩きまわらないとな。眠りを邪魔せず、ひっそりと。無理やり起こされた子どもは、いつもとんでもなく機嫌が悪いから」

 そんなわけで、影少年と詩人は、しばらく無言で墓石を眺めながら、ゆっくりと道なりに進んでいった。

「ああ、あれがおれの墓だよ」

 エリアンの指さす先を見ると、場違いな電話ボックスが立っていた。ガラス張りの四角柱。内側には緑色の電話機が台に置いてあり、下の棚には分厚い電話帳らしき本もある。電話ボックスのそばには、その四角柱がすっぽりとおさまりそうな、大きな穴が空いている。

「これが、エリアンの?」

「うん、おれの棺だ。これにおれの死体を入れて、そのまま埋めてもらうんだ。電話があれば、寂しくなっても安心だろ?」

「寂しさは、死んでも消えないのでしょうか?」

「さあね。それこそ、死んでみないとわからないな。まあ、おれが死ぬまでは、だれが使ってもいいようになってるから。公共の利益にかなった、ためになる棺だろ? おれの買った墓には、必ず電話ボックスが立っている」

 エリアンはおどけるように、誇らしげに、自慢の商品を宣伝するように、自分の棺を紹介した。

「もしも墓場で電話が入り用なら」

 と、詩人は言った。

「エリアンの棺を使ってくれ」

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