第9話 猫夫人の噂

「なぜ、自分の墓を掘っているのですか?」

「そう命じられたからだよ」

「だれに?」

「猫夫人」

 影少年は首をかしげた。頭のなかに、半人半猫の妙齢女性が思い浮かんだ。エリアンの方をうかがってみると、くすくす笑っている。よく笑う詩人だな、と影少年は思った。笑いすぎて詩を書けなくなったのだろうか。

「知っていますか?」

「うん、知ってる。影の猫を方々から拾い集めては、丘の上の洋館に連れ込んでいる、奇特なご婦人だよ。といっても、面識はないけどね。噂で知っているだけさ。きっとチャーミングな女性なんだろう」

 影少年は、ふたたび穴の底に向かって問いかけた。

「猫夫人はどうして、あなたに墓を掘れと命じたのですか?」

「俺が貴重な猫を逃がしてしまったからさ。唯一の、影ではない猫だ」

「影ではない猫?」

「ほんの手違いだったんだ。悪気はなかったんだ。なのに、猫夫人は俺に、自分の墓を掘って死ね、だとさ。俺には猫夫人に逆らう力はない。せめてもの抵抗に、ゆっくりと穴を掘っていたが、墓としてはもう十分な深さだ。もうダメだ。ごまかしきれない。死ぬしかない」

「ちなみにどうやって死ぬつもりだい?」

 エリアンが訊いた。

「ポケットに銃がある」

 墓掘り人の返答を聞いて、エリアンは微笑みを影少年に向けた。

「どうする、ナナシくん? この人はもう死のうとしているようだ。このまま自殺見学と洒落込もうか?」

「ですが、ぼくが探しているのは死の意味であって、死の観賞ではありません」

「似たようなものだと思うけどね」

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