第15話 キホーテの森

 詩人と影少年は、だんだんと建物のまばらな郊外へと歩き、平坦な田園地帯をすすみ、鬱蒼と茂る森にさしかかった。

「さあ、ここがキホーテの森だ。この森を抜けると、猫夫人の館がある」

「人里離れたところに住んでいるんですね」

「人間嫌いじゃないと、猫夫人だなんて呼ばれやしないだろう」

「猫夫人は、猫の女性なのでしょうか」

「いやいや、ナナシくんのご期待に沿えなくて残念だが、ただの人間だよ。猫にすべてを捧げているから、猫夫人。それだけの話」

「そうなんですか」

「がっかりした?」

「少し」

 森に入り、踏み固められた道をすすむ。キホーテの森は、緑なす樹木におおわれた、だだっ広く薄暗い空間で、産道のような不安感があった。といっても、黄昏とも黎明とも決めがたい曖昧な光は、森のただなかにもただよっていた。

「道を外れると、簡単に迷ってしまうからね。気をつけなよ」

「エリアンはここにも来たことがあるのですか?」

「うん。酒場で知り合った、狩猟愛好家を名乗る老人たちにくっついて、鹿狩りに来た」

「狩れましたか?」

「おれは武器を持たないし、すぐにはぐれて散々な目にあったよ。鹿なんて見もしなかった。熊には会ったけど」

「熊……ですか。襲われはしなかったのですか?」

「この森の熊は優しいからね。死んだふりをすれば、見なかったことにしてくれるよ」

「優しいんですか、それって?」

「食い殺してくれた方が優しいかい? 死の意味を知りたい影なら、まあ、そういう考えもありだな」

 ナナシとエリアンは、霧のかかったような森を、てくてく歩いて踏破していく。

「死んだふりは、醜い。よそおわれた死なんて、最悪だ。あれは恥辱だよ。見なかったことにするのは、熊自身のためでもあるんだ」

 エリアンは、いまでも恥ずかしいというように語って、身震いした。

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