第26話 殺してみたい

 彼女は言った。

「人を殺したいと思ったことはある?」

 楽しむように笑って。いつでも殺せるような距離で。

「どうかな。以前は、思っていた気がするけれど」

 影の少年は言葉を選びながら記憶を探る。殺意を抱えた自分を思い返す。

「いまは、思わない?」

「そうだね。だれも殺したいとは思わない」

「それは影になってから?」

「うん。影の世界に来てから」

「ここに来る前は、だれを殺したいと思ったの?」

「さあ……特定のだれか、とかではなかった気がするな」

「だれでもいいから殺してしまいたい?」

「そうだね。憎い相手はいないけど、他人は全員憎かった」

「あなたはやっぱり、暗い気質ね。わたしも同じ。似ているわ」

 影の少女は嬉しそうだった。同類を見つけたような喜び。影の少年にはそう見えた。本当に似ていたのか、本当に喜んでいたのか、いまとなってはわからない。

「わたしは、いまでも殺したいけどね」

「だれを?」

「だれでも」

 影の少女は屈託なく笑った。

「ぼくも?」

 影の少年は好奇心でたずねた。

「うん。あなたも」

 影の少女は即座に答えた。なんの迷いもなかった。

「わたしはあなたを殺してみたい」

 彼女は言った。そう言ったのだ。

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