23. 二つの白


 「まったく、今日は邪魔が多くて嫌になるね。せっかく好みの女を手に入れたの、に・・・?ど、どういうことだ!なぜ私の糸が切れているっ!?」


 白炎を煌かせながら華麗に現れたテイツであったが、エレナを操っていたはずの糸が切れていることに気づくと、その登場が台無しになるくらいの動揺を見せた。


 「白炎の力は、同じ力を持たなければ干渉することができないはず・・・。しかしクレアはここにいないし、他の継承者も近くにはいないはずだ。ならばどうして、私の糸が切られているんだっ!?」


 己の力に自信を持ちすぎている人間は、想定外の状況でその力を打ち破られた場合に強く心を揺さぶられてしまう。自分の知識や考えだけに執着して己を疑わない人間は、えてして柔軟に物事を考えることができない。


 「貴様、いったい何をした!?」


 分からないことを分かる人間に聞くことは大事かもしれないが、目の前の敵に尋ねて答えが返ってくるはずもなく、シオウももちろん答えをはぐらかす。


 「さぁ、何をしたんだろうな」


 「何者かは知らないが、この私を相手にいい度胸だな・・・」


 つい先日顔を合わせているはずなのに忘れているとは、どれだけ物覚えが悪いのか。それとも女のことばかり考えていて端から男の顔など覚えるつもりがないのだろうか。


 真顔でそんなことを考えつつ、シオウは目の前のバカと会話を続けることにした。


 「いや、お前は俺のことを知っているはずだけどな」


 「そんなはずは・・・。っ!き、貴様は!あの状況から生きていたのか!?」


 知っているはずだと言われ、テイツはその顔をいつどこで見たのか思い出したようだった。二日前のことを忘れていたとしたら、それはそれで心配になるほどの記憶力のなさである。


 呆れ気味にそう考えていたためか、シオウの返事にはどこか小馬鹿にしているような雰囲気があった。


 「おかげ様でな。お前の部下は自分の手で人を殺したくなかったのか、止めを刺さないで森に捨ててくれた。そのおかげで俺は命を拾ったよ。そしてそんな俺をここの人が助けてくれたからこそ、俺はお前の目の前に立っている」


 シオウの態度は気に食わなかったが、ここで相手のペースに流されてはいけないという直感が働いたテイツは徐々に冷静さを取り戻してきたようで、先ほどの動揺が嘘のように落ち着いていた。


 「・・・まあ殺し損ねたことは仕方ない。しかし貴様がこれほどの魔術の腕を持っているとはな。知っていればあのとき手駒にしてやったというのに」


 「お前があの紐を使ったおかげで魔術を見せる機会なんてなかったからな。今回と同じ方法でユイカに近づいてアイツを操った・・・」


 あまりにも自分勝手なテイツの態度に、今度はシオウの方がイライラしてきていた。しかしテイツはそれに気づかず、なおも自分勝手なことを言いまくる。


 「仕方ないだろう?それが一番手っ取り早い無力化の手段なのだから。まあ今度はきちんと貴様を手駒にしてやるから、精々頑張って私に尽くしてくれ」


 「どうすればそこまで自信を持てるのか不思議で仕方ないな・・・」


 シオウは思わずため息をついて呆れていた。その彼に、テイツはさらなる身勝手な発言を投下する。


 「今度は貴様にそのユイカとかいう護衛を襲わせてもいいな。よく分からない関係だが、私の力で強制的に結び付けてやろう!」


 「・・・お前が何をしたか、忘れたのか?」


 纏う空気が一変したシオウに、テイツは気づかない。だが少し離れた場所でその二人の会話を聞いていたエレナは、周囲の気温すら急低下したかのような錯覚に陥った。とはいえ、彼女も一応王族の近衛騎士である。こういった感覚は何度か経験していたため、彼女は恐怖を感じてはいなかった。


 内心を占めているのは疑問と不安、そして妙な不快感だ。


 (・・・ユイカって誰?護衛ってどういうこと?その人はアイツとどんな関係なの?名前呼び捨てだし・・・。私なんて『お前』なのに。あの口論の後から名前も家名も呼んでくれないし・・・)


 少し離れた場所でエレナがそんなことを思っている中、テイツはそういえばそうだったと一昨日の記憶を思い出しながらシオウに返答する。


 「ああ、そうだったな。すっかり忘れていたよ。まあ美しい女性が死ぬのは悲しいことだが、証拠を残すわけにはいかなかったからね」


 「・・・そうか。だがお前はここで終わりだ。コイツのことも、クレア様のことも好きにはさせない。この街に邪な企みを抱いて踏み入った外敵は、俺が処理する」


 コイツ、の部分でエレナの方に視線を向け、シオウはそう宣言した。一瞬目があったのだが、エレナはどういうわけか不機嫌そうに此方を見ていた。しかしそれを気にしている暇はない。目の前の敵は、マナを滾らせて臨戦態勢に入っている。


 「ハハッ、面白い!たかが影武者風情に、真に白帝の血族である私を止められるというのか?」


 「自分の力でそれが出来るか出来ないか、分からないはずがないだろ」


 シオウにとっては質問に対して思っていることを素直に返しただけだが、結果的にその挑発するような発言が、戦いの火蓋を切るきっかけとなった。


 「ふっ、そうか。ならば貴様が如何に身の程知らずであるか教えてやろう!<炸爆ノ赤鬼火>」


 ユラユラと揺れるこぶし大の火の玉が、テイツの周囲に幾つも出現する。それぞれが強烈な爆発を起こす小さな爆弾であり、術者の任意、もしくは物体との接触によって起爆する。使い方によって攻撃も防御も可能な汎用性の高い術であるが、制御が難しいためこういった市街地で扱うには不適当かもしれない。


 そもそも隠密行動をしているはずの人間が爆発を伴う派手な魔術を使うというのは、遮音結界を張っていたとしても注意が足りない。周囲の警戒を行っていた残りの二人を使って対策を講じているはずだが、術者の力量次第で結界の効力は大きく上下する。シオウの視た限りその二人の実力では、それほど高い遮音性を発揮する結界を構築できるとは思えなかった。


 「こっちもあまり公にせず終わらせたいんだけどな・・・。<黒キ暴食ノ闇玉>」


 向かってくる赤い火の玉を見据えながら、シオウは小さく呟いてから魔術を発動した。


 先程と同じ魔術。しかし形状は同じドーム型ではなかった。


 小さな黒い球体が、火の玉の周囲に一つずつ現れた。動いているもの、動いていないものに関わらずそのすべてに。


 黒球が出現した直後に火の玉を食らい尽くす。爆発の衝撃、熱、それを形成するマナ、その全てを黒き闇が飲み込んだ。


 「ほう。多重展開とそれを制御するマナの扱い。素晴らしいではないか!ますます欲しくなったぞ!<炎獅子ノ爪牙>」


 己の魔術を封殺されたことに対して些かの動揺も見せることなく、テイツは続けて攻撃系統の魔術を放つ。


 業火の獅子から繰り出される牙と爪の脅威。しかしその魔術が完成するタイミングを見通していたシオウも、防御系統の魔術を発動する準備は終えている。


 「<黒龍ノ鱗>」


 鈍く黒に輝く強固な鱗が周囲に展開され、それは瞬時にシオウを守護する盾のような形になった。


 業炎の獅子が黒の防壁を食い破らんと幾度か衝突する。しかしその爪牙はおろか、炎の熱すらもシオウには結局届かなかった。


 「本当に素晴らしい魔術だ・・・!」


 まだ本気の魔術ではないものの、第五階梯の魔術を完璧に封殺されたテイツは感嘆の声を漏らした。


 魔術の階梯で言えばテイツの方が二つ上であり、相性の問題もこれらの魔術には当てはまらない。それでも上位の魔術に下位の魔術が打ち勝つということは、術者の力量の差が大きいということだ。


 「魔術の腕では勝てそうにないか・・・。それでは私も本気で相手をするとしよう」


 ただ、その実力差を埋める力がテイツにはある。ほんの一部の限られた人間だけが持つ、英雄の力が。


 いまだに展開されたままの黒鱗を見つめながら小さく呟いたテイツの全身を、煌く白い炎が包み込む。かの白帝の力を継承した証。選ばれし者だけが有する超常の力。


 「<炎槍>」


 先ほど使った魔術よりも下位の第一階梯。だがマナ以外の力によって強化された炎の槍は、本来の赤ではなく白い炎で形成されている。そしてその槍は一本のみ。


 手加減しているわけではない。それだけで十分ということだ。


 自身に向けられたその白い炎槍を見て、シオウは何度も実感させられた無力感を思いだす。


 「まったく、でたらめな力だよな・・・」


 まるで銃弾のような勢いで射出され高速で飛んできた炎槍は、彼を守護していた黒鱗の盾を、勢いをまったく落とすことなく貫通した。粉砕された黒の盾は粒子となって消失していく。


 そして槍はそのまま一直線にシオウへと向かい、彼の肉体を貫くかと思われた。




 「な、なにっ!?」


 しかし絶対的な力を有する炎槍はその寸前で停止した。この程度で死ぬことはないと思っていたテイツも、まさかの事態に驚愕を隠せない。


 「魔術も使わず受け止めただとっ!?」


 受け止めた炎の槍をその手で握り消し、シオウは自嘲気味に笑った。


 「ホントにでたらめだよな、この力は」


 その手に灯る白い炎は儚げに揺れている。それはテイツのそれよりもさらに白く、影すら生じさせない明度で光り輝いていた。


 「まあでも、たかが影武者が本物の相手をするためには、必要な力かもしれないな」


 「そ、その力は・・・。貴様は何者なんだっ!?」


 「今更だな。俺は元カザツキ皇族家の影武者で、今はただの流浪人だ」


 二つの白い炎が、今にも雨が降り出しそうな曇り空の下で、薄暗いその空間を爛々と照らしていた。


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