24. 不文律と白炎の衝突
(ホントに何者なのよ、アイツ・・・)
目の前で起こる事態に思考回路が追いついてないエレナは、白の炎槍を掌で受け止めて消失させたシオウを見ながら呆然としていた。
そのエレナと同様、いやそれ以上に驚いているのは未知の敵と相対しているテイツだ。
信じられない、信じたくないというような表情で、眼前の未知の敵に問いかける。
「貴様も継承者だというのかっ!?それならあの娘に繋いでいた糸を切られたことも納得がいくが・・・。しかしカザツキ皇族家にそのような者はいないはずだ!」
「もう少し自分で考えたらどうだ、と言ってやりたいがそれも時間の無駄か。なあテイツ・サルオン。お前の国が、サルオン帝国の皇族が、カザツキの皇族に何をしたか知っているよな?およそ二十年前、継承者として生まれたカザツキの皇子をお前らは暗殺したんだ。だから現国皇は王族間の不文律を破った」
継承者の誕生と、受け継いだ異能の公開。その不文律は、国家間の争いを避けるために最高戦力の数とその力を示すことで牽制し合うという意味合いがあった。
これまでの歴史では不思議なことに、継承者の数の差が五国の間で一人以上ついたことはなく、最高戦力はほぼ同数で戦力の均衡が保たれている。そのためこの不文律の主たる部分は異能の種類ということになる。クレアのように戦闘向けの力もあれば、テイツのような補助向けの力もあるが、それらは総じて魔術では再現不可能な、絶対的な力だ。
その力の詳細をお互いに知ることで対策を講じることができ、それは継承者同士の争いを抑制することに繋がる。はいっても、国同士の戦争をして戦力が削がれれば魔物に国を蹂躙されかねないため、それをやろうとする国は愚鈍と言っていいのかもしれない。
過去の例を見てもサルオン帝国の皇族は度々暴走しているが、それでも人が大勢死ぬような大規模な戦争は起こっていない。一度戦争は起こりかけたが、宣戦布告してすぐにサルオン領内に大量の魔物が侵攻したおかげで回避されている。それ以降はそのような暴走はしていないが、もしもテイツの異能が公開されていなければ、継承者ではない各国の要人たちは好き勝手に操られ、サルオン帝国の暴走は悪化していたことだろう。
サルオン帝国の暴走は自国戦力への自信が主な原因だが、超常の力を有する他国の継承者に関する情報は知っておかなければならない。自国の継承者の情報を隠したことが明らかになって他国の情報を得られなくなるリスクを理解しているからこそ、帝国もこの不文律を守ってきた。
しかしシオウが言ったように暗殺という事件をきっかけに、カザツキの皇族はそれを破った。
一人の人間の人生を犠牲にしてまで。
説明を聞いたテイツはかろうじて平然を装いながら口を開いた。だがシオウには動揺していることなど容易に見て取れる。もしかしたらエレナにもその動揺は伝わっているかもしれない。
「・・・仮に、仮にだが、貴様の言うようにカザツキの皇子が公表されているような病死ではなく、暗殺されていたとしよう。だがどうして我が国の仕業だと断言できる?それにそもそも皇子の警護なら相当の実力者をつけていたはずだ。暗殺なんて簡単にできるはずがないだろう?」
「そうでもないさ。お前の父親である現サルオン帝国皇帝、ケイタム・サルオンは【白天弓】の継承者でありながら、強力な固有魔術の持ち主みたいだからな」
継承者のように情報を公開するという仕組みがないため、固有魔術の持ち主はそれを隠そうと思えば容易に秘匿できる。そのため、ある意味では継承者の力よりも有力な切り札になるかもしれないのが固有魔術だ。もっとも、固有魔術は持ち主自体が少なく代償も大きいため、継続的な脅威にはなり得ないとされている。
必死に反論したものの、返ってきたシオウのさらなる口撃に、テイツは言葉を濁さざるを得なかった。
「・・・何を言っているのか、私には分からないな」
「隠そうとしても既に知っているから意味は無い。まあその当時はまったく暗殺者の正体が分からず、カザツキ家も焦っていたようだが、今あの国に分からないことはないからな。何故暗殺がその一回しかなかったのか、そして何故護衛役が気づけなかったのか。そのあたりも全て分かっている」
「嘘をつくならもっとマシな嘘をつけばいいものを・・・」
全てが分かるという突拍子のない話など普通であれば信じないだろう。だがこれだけ自信に満ちた様子で多くの秘事を明らかにされれば、もしかして本当なのかと思ってしまうのも仕方がない。
しかしそれを認めるのはテイツのプライドが許さなかったようだ。表面上だけでも気丈な態度で話をしている。
内心の焦りが隠しきれてないテイツに対し、シオウは独りで答え合わせを始めた。
「それなら言い当ててやるよ。お前の父、ケイタム・サルオンが隠し続けている固有魔術は精神破壊。かなり強力な力だが、その魔術には代償がある。本人はそれが具体的にどのような代償なのか明らかにしていないようだが、それも分かっている。破壊対象の精神が術者の精神に干渉すること。これまでに使用したのは、固有魔術が生まれた瞬間とその暗殺の二回だけで大きな影響は出ていないが、後数回使えば確実に自我を失うかもな。それほどの代償を支払ってまで暗殺を実行した理由は、その殺された皇子の継承した異能が脅威となるものだったからだ。【複写ノ瞳】は視たもの全てを理解し、それを再現することを可能にする。コピーはともかく、全てを理解するという副次的な力は確かに脅威だ」
テイツ自身も父親から知らされていない情報まで出てきたことで、彼はようやくその動揺を表に出した。情報の真偽はここで確かめられないが、ケイタムが固有魔術を使おうとしないことに疑問を持っていたテイツは、代償の話が本当であれば仕方ないと納得してしまう。
「それだけの情報をいったいどこから・・・!?」
「さあな。とりあえず、お前の父親は固有魔術を自身の継承した異能と合わせて暗殺を実行した。【白天弓】は必中の弓と言われているが、本質は弓ではなく視界にある。その弓を持っている間、異能者は視界に入っている範囲で指定した標的に直接作用することができる。そこには軌道そのものが存在していないから、防ぐことも避けることもできない。狙いをつけられれば防ぐ術はないということだ。さらにこれは矢で攻撃するときだけではなく、魔術にも転用できる」
一般に知られている異能の力は、長い年月を経て多少間違っているということも珍しくない。ケイタムの異能はまさにその例の一つなのだが、この大陸にその正しい力が記載されている書物や伝承というものは存在していない。異能を継承したケイタム・サルオンと、彼から聞いた者だけが知る情報なのだ。公表した情報は言い伝えられている通りで、本当の力は秘匿しているはずだった。
事実を知るテイツは、恐ろしいものでも見ているかのような様子で呟いた。
「本当にすべてを知っているというのか・・・?」
「まあな。少し話をし過ぎたが、カザツキ国皇はそのときそれに気づけなかったために病死として公表するしかなかった。そして不文律を破って継承者の異能を隠した」
「・・・それが貴様だというのか?」
怯えを含んだテイツの視線などまったく気にすることなく、シオウは話をまとめようとした。テイツはかろうじて質問を投げかけたが、それにまともな返答がなされることはない。
「さあ、どうだろうな。さて、長話は終わりにして決着をつけようか」
魔術を受け止めた手だけに灯っていた白炎がシオウの全身を包み込んで煌く。それを見たテイツも胸中に渦巻く疑問と恐怖を押しとどめて臨戦態勢に入った。
白炎を展開したテイツは、まるで先手を譲ってやるとでも言っているかのようにまったく動く様子のないシオウに対し、全力をぶつけることに決めた。
半端な攻撃が通じないことは先程分かっているため、無駄に小技を打って消耗するよりも大技を放って決着をつけた方が良いと考えたのだろう。
「お前を手に入れてからじっくり話は聞かせてもらうぞ!<赤キ炎龍ノ咆哮>」
白炎を纏った龍から灼熱の熱波が放たれ、圧倒的な熱がシオウへと襲い掛かる。膨大なエネルギーは上手く制御され、標的であるシオウのみを焼き尽くそうと威力が一点に集中されていた。
魔術の腕もさることながら白炎により強化された全力の一撃を迎え撃つシオウはというと、圧倒的な脅威が眼前に迫る中でなお、表情から余裕が消えることも無く平然とその場に立っている。そして冷静な様子とは正反対の言葉を呟いた。
「・・・まさか第六階梯も白炎で強化できるとはな・・・。正直驚いたが―――――」
グリフォンのような幻獣種の魔物でさえもかなりのマナを削られるほどの力を有するであろう業炎に、抵抗する素振りのないシオウは容易く飲み込まれた。
「継承者なら死ぬことはないだろう。聞かなければならないこともあるのだから、死なれても困るが・・・」
テイツはありったけの白炎を織り交ぜて今自身に可能な再高威力の魔術を撃ち放った。ガス欠になった彼は、小さく呟いてから大きく息をつき、今はマナの取り込みと白炎の回復に集中している。
回復に努めながらも、テイツは周囲の警戒を怠ってはいない。だがシオウのマナの気配は近くでも感じ取れないほどに抑え込まれていたため、マナによる察知は難しい。必然的に視覚を頼ることになった彼は、魔術が着弾した場所を注視していた。
揺らめく白炎が徐々に小さくなっていき、灼熱に焼き尽くされて溶けた地面が露になってきた。シオウの立っていた位置を中心にして広がっていた白炎は、その外側から中心に向けて消えていく。美しく散っていく白炎は、そのまま全てを焼き尽くし、消えてなくなるものだと思われた。
「なにっ!?まさか・・・」
しかし白炎はテイツの視界の中で消えることなく煌いていた。
より一層その輝きを増して。
それが自分の白炎ではないと気づいたテイツは驚愕の表情を浮かべ、それが示す事実を受け入れられずにいた。
驚愕するテイツの視界の中で、圧倒的なまでに白く、明るく、美しい白き炎が、その中心へと向けて収束していく。
そして異形の存在が現れた。
「その程度の魔術じゃ、この力を打ち破るには足りないな」
創作の話に出てくるような、龍という架空の生物と人間を足して二で割った存在。
白炎を纏った龍人が、そこに立っていた。
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