25. 決着と問いかけ

 白炎の煌きが少しずつ小さくなっていき、半人半龍の肌を覆っていた白い鱗は次第に薄れていく。そして直に全て消失し、シオウの容姿が人の姿に戻った。だが完全に元の姿に戻ったかといえば、そうではない。


 元の黒髪から全ての色素を抜いたような白髪。圧倒的な存在感を放ち、見る者を惹き込む黄金色の瞳。人の姿をしているのにまるで別の存在だと感じさせる異様な雰囲気。


 姿が人であるが故に半龍のときよりも違和感が強く、周囲の視線をより惹きつけている。



 (アレは、アイツなのよね・・・?神々しいというか、神秘的というか、とにかくキレイ・・・。でも―――――)


 その姿はどこか儚げで、今にも霧散して消えてしまいそうだとエレナは思った。まるで命を燃やしているかのように、シオウの身に灯る白炎は一瞬の煌めきを散らしている。


 「まだ戦うつもりなら相手をするが、続けるか?」

 

 呆然とした様子で見ているテイツに、龍人が問いを投げかけた。もっとも、呆気にとられながらも視線に畏怖や絶望といった感情が含まれており、答えは聞くまでもないかもしれない。



 絶対的な力の差を目の当たりにし、テイツの自尊心は完全に打ち砕かれていた。彼の行動は己のチカラに対する絶対的な自信があってこそのものであり、それを完膚なきまでに叩き潰されたのだ。皇族としてのプライドなど意味もなく、ただ認めざるを得ないほど圧倒的な実力差が、二人にはあった。


 抵抗しても無駄だという諦めからか、その問いに対するテイツの返答はかなり弱々しいものだった。


 「・・・いや、私にもう交戦の意思はない。負けを認め、どのような処罰でも受けよう・・・」


 「・・・そうか」


 先ほどまでの悪人面が嘘のように情けない表情のまま潔く降伏したため、少し疑いを持ったシオウ。だが見て取れる限り本心であると分かったため臨戦態勢を解く。ただここで一つ問題が生じた。


 この後テイツをどうするべきか。


 彼自身が所持している黒紐を使ってもいいが、それでは白炎の力まで抑えることはできない。また、一国の皇子であるテイツをどのように扱うべきなのか、今の立場では決定権など持ち合わせていなかった。


 とはいえ、この場で何もせず終わらせるつもりは、シオウにも毛頭なかった。


 「とりあえず少し眠っておいてもらう。歯、食い縛っとけよ」


 拳を振りかぶり、思い切り皇子らしい綺麗な顔を殴りつける。


 「ぐふぅっ!」


 殴打の衝撃により、マナと気力が枯渇していたテイツは簡単に意識を失った。地面に倒れこんだ彼に、シオウは小さく呟く。


 「とりあえず一発だ。だがこれで終わりだと思うなよ」


 一時は本気でテイツを殺そうかと考えていたシオウだが、エレナとの会話で冷静になり考えを改めた。他国の人間である自分が、また別の国の皇子を個人的な裁量で殺してしまえば、アスレイン家やトーレンス州、ひいてはシンテラ王国全体に迷惑をかけてしまうことは明らかだと思ったのかもしれない。


 ただ、だからといってエレナに対する仕打ちとカザツキでの出来事を思えば、彼も手を出さずにはいられなかったのだろう。



 テイツを気絶させたシオウはその身に灯していた白炎を消し、容姿も黒目黒髪の、元の状態に戻った。初めて異能を解放したせいなのか倦怠感が酷いと思いつつ、テイツの件に関してはとりあえずクレアに相談しようと決めたシオウは、少し離れたところで戦いを見ていた女騎士の方に振り向こうとした。


 「なっ・・・」


 しかしその瞬間に脱力感と喪失感が彼を襲い、立っていられなくなった。地面に膝をつき、その場で動けなくなる。


 明らかな異常事態に、エレナは慌ててシオウへと駆け寄った。触れることはまだできないが、彼の身体へと両手をかざし、魔術を使って簡単な診断を行う。


 「どういうこと?マナだけじゃなくて血液まで枯渇してるなんて・・・。それに体内のエネルギー量もかなり低下してるし、今はギリギリの状態で生きてるけどこのままじゃ・・・」


 あれだけ優位な戦闘をして余裕を見せていたシオウに何が起こったのか。戦闘を見ていたエレナには容易に可能性を推測できた。ただ、その可能性には大きな疑問が残る。


 「まさかあの白い炎を使ったせい?でも姫様は今までこんな状態になったことなんて・・・」


 先ほどのシオウよりも圧倒的に長い時間白炎を使い続けてクレアが戦った場面を知っているエレナだが、そのときのクレアは疲労感を見せたものの倒れることなどなかった。


 とはいえ、まるで命を燃やしているかのようなあの白い煌めきが頭から離れない。


 白炎が原因ならクレアを呼ぶべきだろうと考えたエレナは念話を発動しようとした。だがそれはシオウの言葉に止められる。


 「・・・少し待ってくれないか?」


 「っ!アンタ大丈夫なの!?」


 相当衰弱しているはずのシオウに声を掛けられ、エレナは念話を止めて容態を尋ねた。返事は弱々しかったが、聞き取るのが難しくないくらいには声が出ている。


 「まあ、なんとか。そういうわけだから誰かを呼ぶのは止めてくれないか?」


 「アンタがそういうなら構わないけど・・・。でも、さっきの力のせいなら姫様に聞いた方がいいんじゃないの?」


 「確かにそうなんだけどな・・・。この力を公にしたくないんだ」


 考えても分からないため深く考えないようにしていたエレナだが、先ほどのやり取りの中で察しがついたこともある。そしてそれらは確かに公にはしない方がいい類の内容だった。


 だからこそ彼女は一つの疑問を口にする。


 「・・・色々聞いちゃったけど、ワタシはいいの?」


 嫌っているはずで、信頼なんてしているはずがない相手に隠しておきたい秘密を知られたのだ。口封じをされてもおかしくないと、エレナは思った。


 不安のせいか多少震える声で紡がれた問いに、シオウは不器用ながら穏やかな表情を作って答えた。


 「成り行きで知られたものは仕方ない。それに、お前に信用して貰う上でこれほど有効なモノもないだろ?」


 「そ、それは確かにそうかもしれないけど、もし私が口を滑らせたらどうするのよ?」


 返答を聞いて一瞬だけ安心したような表情を見せたエレナは、どこか嬉しそうに照れ隠しの言葉を紡ぐ。




 だがそれに対する回答は、突如として彼女の背後に発生した気配から返ってきた。まったく緊張感のない声音で、


 「その心配は要らないさ。オレが今ここで君を殺すからな」


 酷く物騒な言葉が。



 接近にまったく気づけなかったエレナは、驚いた様子で背後へと振り返る。


 「いつの間に・・・!?」


 まったく感知できなかったことは悔しかったが、命を狙われているかもしれない現状ではそのことを気にしている暇などない。警戒心を高めたエレナだが、言葉とは裏腹にその人物から戦意は感じられなかった。それどころか警戒している彼女を無視して、地べたに倒れているシオウへと声を掛ける。


 「シオウはもっと自分の力を知らなければならない。それと、使うときにも人目を気にしてくれ。お前はオレたちと同じ継承者じゃないんだからな。そういうわけで、オレはシオウの力の目撃者を生かしておくことはできない」


 家族を心配するような優しい声音で、その人物は語りかけた。それに対してシオウはただ生じた疑問を口にすることしかできない。


 「・・・シレン、どうしてお前がここに?」


 シオウが口にした名前を聞き、それからその人物の顔をきちんと視認したエレナも思わず呟く。


 「シレン・カザツキ皇子?カザツキの次期国皇がどうして・・・」


 二人からの疑問の声に、シレンは素直に答えを返した。


 「シオウがどんな居場所を選んだのか、気になって視界を飛ばしてみたらサルオンの皇族が近くにいるのが見えた。テイツ・サルオンはユイカとシオウの命を脅かした。だからその報いを受けさせるために身柄を受け取りに来たってわけだ。オレ自身で拘束しても良かったが、出番はなさそうだったからな。ちょうどシオウも対処に悩んでるみたいだし、オレがきちんと国同士で話をつけてやろう」


 「そういうことなら、そこで寝ている変態に関しては任せる。だけど俺の力の目撃者を生かしておけないっていうのは・・・」


 「シオウの力は端から見れば完全に継承者のものだろ?その力を有するってことは、王位を持つ者の実子だと判断される。シオウの容姿はカザツキ人に特徴的な黒目黒髪。年齢的にオレたちの父である現国皇の子であると思われるだろう。だが公表されている現国皇の実子は、シオリ姉さんとオレ、そして妹のシイナの三人だ。オレという継承者の秘匿だけでも他国から非難の的だというのに、さらに子の数まで偽っていた、となることは避けたい。ということらしいぞ、あのクソ親父たちからすれば」


 憎悪と言っても過言ではない負の感情が滲んだ口調で、シレンは父親から受けた説明を口にした。彼が実の親をどうしてそこまで嫌悪するのか知っているシオウだが、それはまだ彼には理解できない感情である。そのため少し困ったように言葉を返すしかなかった。


 「・・・俺がこの力さえ手に入れなければ、血縁関係の検査をされない限り皇族家の生まれだと知られることもないからな。父上たちにとっても誤算だったんだろう」


 「まあ、そうだろうな。ただ、オレとしても、国がどうこうとか関係なく、その力が公になってシオウ自身の自由が奪われるっていうなら、目撃者を消す必要があると思うわけだ。だからそこの子には死んでもらう。ようやく自由を手にしたシオウからそれを奪う可能性がある存在は、このオレが消す」


 シオウが父親たちを憎めないと分かっているシレンは、内心で父親たちに対してさらなる憎悪の炎を燃やしながら考えを語った。大切な家族のためならば人を殺すことも厭わないという覚悟が、その瞳には宿っている。先ほどとは打って変わって戦意と殺意を静かに燃やし始めた彼は言外に、何者であっても邪魔はさせないと言っているようだった。


 殺気を向けられたエレナがその身体を小さく震わせる。そしてその心が恐怖に染まっていくのが、隣にいるシオウには容易に分かった。つい先ほど壊れかける寸前であった彼女の精神に、再び負荷がかかっていく。


 「ちょっと待て、シレン!別に殺す必要はないだろ!お前の力なら他の方法だって取れるはずだ」


 力の入らない身体に鞭を打ち、シオウは双子の弟に抗議した。これ以上エレナを苦しめさせることを、彼は許容できなかった。


 しかしシレンもすぐに反論する。


 「確かにそうだな。言葉にできないよう制約をかけることもできるし、話した瞬間に命を奪う呪いだってかけられる。記憶を操作することも、封印することもできる。でも殺す以外の方法では、シオウの力で全てなかったことにできるだろ?だから命を奪うしかないんだ」


 「それは確かに可能だが・・・」


 冷たい視線をエレナに向けているシレンは本気で彼女を殺すつもりなのだろうと、シオウは思った。しかしそれを止める力などありはしない。たとえ万全の状態で戦ったとしても、ワンサイドゲームになってすぐに敗北する確信が彼にはあった。


 無力な自分自身への憤りや悔しさが胸の内を支配し、これ以上彼には反論ができなかった。



 しかし、どうすることもできず言葉に詰まった双子の兄の表情から感情を見て取ったシレンは、どういうわけか少しだけ頬を緩めて嬉しそうな表情になった。


 エレナに向けていた殺意も嘘のように消失している。


 「でもまあ、オレとしてもできれば可愛い女性を殺したくない。だからこの件を公言しないと証明できるなら見逃してもいいと思っている」


 彼が本心を告げている。そのことを兄弟であるシオウが理解できないはずはない。しかし何かを試すような物言いに引っ掛かるものがあった。


 「・・・何をさせるつもりだ?」


 「そう警戒するなよ。ただオレとしては、シオウとその子の関係が気になるんだ。シオウがその子を大切に思っていて、かけがえのない存在だと言うなら殺すわけにはいかない。でもただの友達とか、知り合い程度なら遠慮なく口封じさせてもらう。さあ、シオウはどう思っているんだ?その子のこと」


 「・・・俺は―――――」


 ここで本心を誤魔化し、適当に言い繕うことが間違いだと、当然シオウにも分かっている。今懸かっているのはエレナの命であり、求められているのは純粋な本心だ。だから彼は、正直な気持ちを言葉にして紡ぐ。




 今にも雨を降らしそうだった灰色の雲がいつの間にか消え、辺りには薄日が差し始めていた。隠され続けた太陽が、春という芽生えの季節を体現するかの如く、ゆっくりと空を明るく照らしていく。もう二度と隠されることがないのではないかと思えるほど、その太陽は穏やかながらも力強く輝いている気がした。

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