14. 英雄の歴史

 「まずはこの大陸の歴史について確認していきますが、白帝カイン・ウォーベルトが大陸統一を始める以前の歴史に関してはそれほど資料が多くなく、曖昧な部分ばかりで正確なことは分かっていません。これはここシンテラ王国でも同じ認識でしょうか?」


 「ええ。どこの学園でもスタートは白帝様が表舞台に現れてからよ」


 黒板の前に立って話を始めたシオウの最初の質問に対し、既に国が定めた教育課程を修了しているクレアは肯定の返事をした。白帝「様」と呼ぶあたりは王族としての敬意の表れなのだろうか。彼を神聖視する人々が存在するのだから、その末裔たる彼女たちはより詳しく大英雄様について知識を有しているに違いなく、その功績の偉大さを誰よりも理解しているはずだ。


 もう一人の受講生で、現在進行形で授業を受けているユリシアは、これまでに習ったところまでを思い出しつつ自らの家庭教師の声に耳を傾けている。


 「それではおおまかな歴史を振り返っていこうかと思います。ただ、国によって少々教育内容の偏りがあるはずので、そこはご理解願います。最初のあたりはお嬢様も既に教わっているはずなので、お二人に質問しながら確認していきますね」


 「は、はい!よろしくおねがいします!」


 座学に関しては学園の誰よりも努力してきた自負が彼女にはあり、実際にその成績からも優秀であることは間違いない。しかし、ここで間違えたり答えられなかったりしたらシオウにガッカリされるのではないかと思うと、彼女は背筋をよりいっそう伸ばさずにはいられなかった。


 「え、ええ・・・」


 現役で勉強しているユリシアに対し、学園卒業後から公務が忙しく学んだことの多くが遠い彼方に飛んでいってしまっているクレア姫は、自信なさげに頷くしかない。白帝の功績であれば忘れず記憶している彼女であったが、その他の部分はかなり怪しいようである。


 第三王女様の様子からだいたいの事情を察したシオウは、時間もそれほどないため質問の回数を減らすことにして説明を開始した。


 「おおまかにしか振り返らないので、詳しいところで何か質問や意見があれば仰ってください。それではまず、カイン・ウォーベルトが最初に歴史へと名を刻んだ、大国の革命についてから。白帝の出自については様々な説が飛び交っているので正しいことは分かりませんが、彼が統一以前の大陸で最大の国家であったマーディア王国の生まれであることはまず間違いないとされています。彼は王国の危機を救う救世主として突如現れ、その力でマーディア王国の英雄として民衆の支持を集めたのですから。それではここで最初の質問です。当時最大の国力を誇り、周囲に敵国のなかった王国が危機に陥った原因は何でしょうか、お嬢様?」


 基礎的な質問に、ユリシアは内心でホッとしながら自信をもって答えを述べた。


 「魔物の出現、です」


 間違えるとは思っていなかったが、その正しい答えを聞いて安心したシオウは小さく微笑んで頷いた。この教師と生徒のやり取りが新鮮で、楽しいと感じていたのかもしれない。


 「はい。その通りです。それまでの歴史には出てこなかった魔物の出現は、大陸の歴史に大きな変革を与えたと言えますね。何故突然魔物が出現するようになったのかについても諸説ありますが、もっともポピュラーな説は、マナの発見とその使用による文化の発展が自然環境に悪影響を及ぼしたために、その原因である人類を滅ぼそうと世界の意思が働いたというものです。マナという力がきちんと発見され、魔術やその他の技術に使われ始めたタイミングと同時期であったために広まった説ですね。異論もあるみたいですが、マナという当時の人々からすれば超常といえるチカラを手にし、これまでほとんど使われていなかった自然マナを大量に使い始めたのですから、環境に何らかの影響を与えていてもおかしくはありません。なのでそこから人類の脅威となる敵が生まれてきたというのは十分納得できる説ではあります。ただ、自分としては・・・」


 長々と説明をする中で、世間に認識されている定説の真相について改めて疑問をもったシオウの口が途中で停止した。


 表情の変化が乏しい思い人のレアな微笑を見てドキドキしてしまい集中できてなかったクレア姫はその沈黙でハッと我に返り、一人で考え込むシオウに声をかけた。


 「どうかしたの?」


 「いえ、少しタイミングが良すぎると思っただけです。ただ、歴史に名が残るのは生まれた時代とその場所の環境、そしてそれらに求められる力を持つことになった、運がいい人間だという考え方もあるので、そういうことなのだと一人で納得しただけですよ」


 こちらも呼びかけられて思考を打ち切った家庭教師は、悪い癖だよなと思いつつ自身の考えを伝えた。白帝の統一国家が分裂して以降も、彼の子孫たちは各国で歴史に名を刻んでいる。ただ、その偉人たちの全員が特筆した力を持っていたわけではなく、中には継承者ではない王族や、一般の貴族、そして庶民までもが歴史に名を残している事実を踏まえた率直な考えを。


 「そうね、結局時の運がすべてを左右することもあるし。いきなりグリフォンが出現するっていう不運はあったけど、幸運なことにシオウくんが偶然ここにいてくれたから助かったんだもの」


 王族であるクレアも同じことは考えたことがあるのか、先日の一件を例に挙げて運というファクターの重大さに納得している様子だ。中等部の学生でそういう考えに至ったことのないユリシアにはまだよく分からなかったようだが、学園でのいじめに繋がったマナの件は不運でも、シオウとの出会いは彼女にとって最大の幸運であり、それらもタイミングが異なればまったく別の未来があったということだけは分かったようである。


 難しい顔を浮かべながらも何か納得したように見えるユリシアへと視線を向けながら、シオウは昨夜のグリフォンとの一件について一抹の不安を感じつつ悪い想定をしていた。


 (今回はお嬢様の存在も欠かせないピースだったけど、そもそもグリフォンの出現は偶然なのか?もしも誰かの意図があるとすれば、それは・・・。いや、まさかな)


 魔物を操るなどという非現実的な推測を頭の中から振り払い、彼は再び説明に戻った。


 「とにかく、そういったわけで後の白帝は魔物から国を守るマ―ディアの英雄となりました。そして大国の革命と呼ばれる出来事が起こります。国民の支持を得た彼は、今の王族に国を任せてはおけないと先頭で指揮を執り、革命軍を率いて強力な王国軍を短期間で降伏させて自らが王となりました。後の戦争でも彼は虐殺を一切行いませんでしたが、このときにもそれほど死者を出さずに戦いを終わらせていますし、マーディアの王族も殺してはいません。このとき彼はまだ十七歳という若さでありながら、既に大英雄としての器が完成されつつあったようです。それではここで一つ簡単な質問を。このマーディア王国の王族はまた名前が出てきますが、この後どのような歴史を歩んだでしょうか、クレア様?」


 彼女ほどこの問いに適した人物もいないだろうと教師が考えた問いに対し、チョロい生徒である姫君は胸を張って自信たっぷりに答える。


 「まさにアタシのための問題ね!マーディアの王族にいた若い娘が白帝の妻となって、国家の分裂後にその子孫たちが守ってきた国が、今のシンテラ王国になっているわ!」


 鼻を鳴らす勢いで得意げなお姫様を愛らしく思いながら、シオウは次の長い説明のためにスーッと息を吸いこむ。その際ユリシアを見ると、今の問いと答えに関して納得した様子だが、どこか捕捉を求めているような気がしたシオウは教え子の求めに応じることにした。


 補足を加えるとだいぶ長く話し続けなければならなかったが、その程度のことを億劫に思うような教師ではない。


 「その通りです。シンテラに由来する部分を話したのでここから少し簡単に説明していきますが、カインの大陸統一はマーディア王国を手中に収めてからあまり時間をかけず終了します。当時の最大国家があっという間に革命で生まれ変わったことは周辺国を震撼させました。ほとんどの国は戦わず降伏し、残すは力のあるいくつかの国が手を組んだ連合のみとなります。統一を最後まで拒んだこの連合国家との戦争ではいくらか戦死者を出したものの、白炎の絶対的な力を使い主導者を殺してあっけなく決着。


 彼が二十歳を迎えた年に大陸全土を掌握しました。この際、マナの扱いに長けた女性を大陸中から集め、カインは五人の妃を迎えます。そのうちの一人がマーディアの王族であったアイリス・マーディアという女性です。そして他の四名が現在の五大国を治める国主になっている一族の先祖ということになりますね。カインは彼女たちとの間に多くの子を設けましたが、それによって内戦が起こるなど、統一したときよりもその後の方が凄惨な争いをしています。ただ、それでも白帝カインが存命のうちは分裂することもなく大陸は統一国家として繁栄していました。しかし、統一から四十六年後にカインが突如病に倒れ死去したことで状況は一変します。


 当然のことながら後継者争いが勃発したのです。とはいえ、白帝が将来のことを何も考えていなかったはずもなく、彼は五人の妻に自身の死後を託していました。多忙な身であり、多くの子の面倒をみられなかった彼には我が子の人間性は分からなかったようですが、きちんと自身で選び相手の同意を得て結ばれた愛妻たちのことは信頼していたと言われています。そうして五人の妃は白帝の遺言通りに今の五大国という形を作りました。白帝自身が元から大陸を五つに分割してそれぞれに拠点をおいて統治していたこともあり、容易にことは運んだようです。ただ、治める土地の問題で子孫たちは揉めたようですが、仲の良かった五人の妃が主導してそれを抑えたとか。


 これにより統一国家は五十年も経たずに分裂しましたが、二千年近く経った今でも五大国を軸にして大陸は繁栄しています。それに、現在の文化体系を形作ったのが白帝の統一国家であることは確かなことです。長々と説明しましたが、だいたい五大国の成り立ちまでの歴史は分かって頂けましたでしょうか?」


 小難しい話を長々と聞かされる生徒の身になれ、とは二人とも思っていないが、そう思われてもおかしくないほどに教師は一人で話していた。とはいえ、一般的な学園の授業もこんなものであるため、現役学生や最近まで学生だった者にはそれほど苦になるものでもないのかもしれない。


 情報盛りだくさんの説明をなんとか消化したユリシアは、学園でこのあたりを学んだときのことを思い出しながら、困ったように手を挙げて口を開いた。


 「あの・・・説明は分かりやすかったんですけど、一つ質問してもいいですか?」


 「ええ、もちろん」


 質問がないというのも教える立場からすればつまらないもので、教え子が手を挙げて質問をしてきたことにシオウは安堵した。教え子側の受け取り方もあるのだろうが、せっかく話をしても理解されていないのでは意味がない。家庭教師を名乗るなら、教え子の成長をきちんとサポートしなければ示しがつかないと、彼は頷きながらそう考えていた。


 どのような質問か促されたユリシアは、大英雄の末裔である姫君に失礼のないように言葉を選びながら疑問をぶつける。


 「学園では説明がなくて、聞ける雰囲気でもなかったから諦めたんですけど、白帝様ほどの力を持った人が病でなくなったんですか?治癒魔術が今ほど発達してなかったとしても、白炎の力があれば・・・」


 「質問ありがとうございます。そうですね・・・その疑問を持つ人は多いですが、その白炎が原因の病だったという説が有力みたいです。ですよね、クレア様?」


 少し迷いながら返答した家庭教師が見せたその一瞬の逡巡に生徒二人は気づかなかったが、彼は隠された定説をユリシアに伝え、それを知っている王族のクレアへと同意を求めた。


 どのように答えるのだろうかと見守っていたお姫様は、突然教師からパスを貰ったことよりも秘匿されているはずの事情を彼が知っていることに驚いて目を丸くする。


 「え、ええ。というか、どうしてシオウくんが知ってるの?どの国の教育現場でも、二千年近く前のことで詳しいことが分かっていないって説明するようになってるのに・・・。これは各国の王族しか知らないはずよ?」


 「カザツキでは十数年前のとある事件から、一部の人間には説明がされています。クレア様ならご存知かと思いますが、カザツキの継承者が病死した事件です」


 「確かにその件は伝え聞いてるけど・・・」


 「その当時、継承者という守られるべき王族が何故この時代に病死したのかという問い合わせが多くあったみたいで、国外での情報拡散を厳格に禁じた上でそのことを公開したみたいです」


 クレアに問われてから話したことは事件について以外まったくの嘘だが、そもそもその定説すら間違っているため気にするのを止めたシオウは、どこか開き直っている。隠された定説に関しては、確かに白炎は継承者の身すら焼いてしまうものだが、命を奪う病のように働く可能性があるのは継承者のみで、原初の使用者にはそのような制約はないと、彼はとある情報筋から伝え聞いていた。


 発言と行動が一致していない彼に対し、クレアはジト目で再度尋ねた。


 「・・・シオウくんは思い切り拡散させちゃってるけど大丈夫なの?」


 「秘密が守られるのであれば拡散にはなりませんよ」


 二人が話さなければ問題ないと言いたいのであろう。それを察したユリシアとクレアは、仕方ないと思いつつお互いに顔を見合わせて頷くのだった。

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