15. 五大国の現状と継承者

 「さて、それでは次に現在の大陸情勢についてです。ただ、これに関しては自分の知識がカザツキに偏っているのでおおまかな説明だけにしましょう。シンテラ王国についてはお二人の方が詳しいでしょうし、他国の情勢はだいたい同じくらいの知識しかないと思いますので」


 一応カザツキでは皇族の立場で過ごしていたシオウは、とある事情もあってかなりの情報通なのだが、一国の姫にカザツキが収集した情報を流すのは宜しくないと判断したのだろう。五大国については簡潔な説明で終わらせることにしたようだ。


 そんな隠し事の多い家庭教師の言葉を補うように、クレアが直近の公務を思い出しながら同意する。


 「確かにそうかも・・・。五大国の会合で話すのは大陸全体のことが多いし、特に各国の細かい事情とかは知る機会がないわね」


 「おそらくどの国も諜報活動はしていると思いますが、基本的にその対象は国主の一族のみだと考えられるので、確かに他国の情勢を詳しく知っている人間はあまりいないでしょうね」


 情報は出どころが確かであれば非常に価値の高い代物であるため、それを商品としている人間はいくらか存在する。もっとも、国家間の転移魔方陣は庶民がおいそれと使えるものではなく、国外に情報を届けるには手間と魔物に襲われるリスクを背負う必要があることから、ハイリスクハイリターンのギャンブル商売となっている。


 こういった事情があるので、諜報活動もよほどの手練れを用意しなければ実行できない。魔物に対して優秀な人材を充てることが最優先である以上、実力者を他国との情報戦に動かせるほどの余裕はどの国にもないのだ。とはいえ、少し前に戦争が起こりかけたこともあって、他国の王族や皇族の情報を入手することも重要となってきた。


 もちろんお姫様もそのことは把握しているが、身元不明の異国者がそれを説明したことには疑問を感じたようだ。疑惑の視線を向けながら家庭教師を問い詰める。


 「・・・だからさ、どうしてシオウくんそんなに色々知ってるの?あっ、カザツキではけっこう上の身分だったんでしょ?」


 「それは想像にお任せしますよ。それでは説明を始めますね」


 「むぅ・・・」


 爽やかな笑顔で流されてしまい頬を膨らませる箱入り姫。しかし、その頬は少し赤くなっていた。イケメンには慣れている彼女も、恋する異性が相手だと形なしである。


 王族の威厳はどこへやら、といった様子のクレアに内心で苦笑しつつ、シオウは五大国の説明を開始した。


 「白帝の死によって統一国家は五つに分裂し、それぞれの国を彼の子孫たちが統治する今の国家体制となりました。現在は、大陸中央部にシンテラ王国、北部にサルオン帝国、南部にユータス王国、東部にカザツキ皇国、西部にアラント公国となっていますが、場所は変わらずとも国名は時代とともに変わってきています。最初は白帝の妃たちの名前を使用したようですね。シンテラはアイリスという国だったとか。当初、国民たちはどの国で暮らすのかを選ぶことができたようですが、最初から五つに分けて統治されていたので移住する者は少なかったみたいですね。マーディア帝国出身の人々はアイリス国に集まるといったように、妃の出身地を見て移った民もいたようですが、それも全体から見れば少数だったようです」


 いったん話を区切って質問できる間を取ったシオウの意図をくみ取り、ユリシアが挙手して疑問を述べる。先ほどのシオウとクレアのやり取りを聞きながら、彼の正体を知っている彼女は二人だけの秘密がバレるのではないかとハラハラしていたのだが、この家庭教師がそのようなヘマをするはずがない。安堵したお嬢様は冷静な頭で説明を聞いていた。


 「あの、シオウさん。五大国のかたちになってからおよそ二千年も同じ体制での統治が続いていますけど、統一国家ができる前の歴史にあったような統合や吸収で合併したりとかしていないことには理由があるんですか?」


 「いい質問ですね。お嬢様もご存知かと思いますが、この約二千年の間に国家間で何も争いごとがなかったわけではありません。しかし、どれも軽い衝突だけで大きな戦争には至らず終わっています。国内での争いについても、クーデターが起こりかけたことはありますが、五大国の国主一族はこれまで一度たりとも変わることなく統治を続けています。そしてその理由は、大きく分けると二つです。まず一つ目は、白帝の子孫たちが白帝の考えを支持し、分裂後も彼を見習って優れた治世を行ってきたこと。そして二つ目が、魔物の存在です」


 質問主のユリシアがその説明をメモに取りながら頭の中で理解しようと反芻していると、王族として国家に関する教育を人一倍受けてきたクレア姫が複雑な表情を浮かべ、吐き捨てるように意見を述べた。


 「王族の立場から言わせてもらうと、一つ目の方はもう過去の話ね。うちの国でも貴族に対する反乱が起こるくらいには腐った連中がはびこってるし、サルオンなんて皇族から腐敗しちゃってるから。ここ数百年の間に国内での争いはかなり増えてるわ」


 「そうですね。直近の国家間の争いでは三十年ほど前にサルオンがアラントへと侵略しようとした件が有名ですし、十年前にシンテラで起こった暴動についても話は聞いています。ただ、それらが国家の安定を揺るがすような大事にならなかったのは、大きな争いが起こりそうな場所の周辺で大量の魔物が発生したからです。理由は定かではありませんが、人間同士の争いは毎回魔物の襲来によって最悪の事態を免れています。一説には、人の悪意に自然マナが反応して魔物を形成すると言われていますが、それを証明しうる決定的な証拠は見つかっていません」


 クレアの言い分に同意したシオウは、直近で起こった人間同士の争いを思い出しながら説明を加えた。大陸の平和が共通の敵の存在によって成り立っていることを示すこれまでの歴史に、英雄の子孫は不満げな様子で小さく笑いながら呟く。


 「皮肉な話よね。人間の敵である魔物に助けられてるんだから」


 「はい。しかし、魔物による被害も魔術レベルの向上や都市防衛施設の進化といった要因もあって徐々に減ってきています。ですが、まあだからこそ、魔物への意識が薄れていくわけで、人間同士の争いが起こる要因になっているのですが・・・。これまでは魔物の出現に助けられていますが、それがいつまで続くかは分かりません」


 現状の問題点を挙げながらも、分からないことが多すぎて何をすればいいのかが不明瞭となっている状況に、教師も生徒も具体的な対策が打ち出せない。


 「ホント、どうすればいいのかしらね・・・」


 将来を憂う姫君を見ながら、シオウは答えを求めていない問いに答えることはせず現状の説明を続ける。絶対的な力を有する彼女たちのような存在も国家間の戦争が起こらなかった理由の一つであり、彼としてもユリシアに知って貰いたい知識であった。


 「大きな力を有する継承者の存在も各国の牽制になっていますが、そのパワーバランスもずっと均衡が保たれるか分かりません。これまではそれほど人数差が出ていませんし、現在も各国に二、三人だけなので戦力差は大きくなっていませんが、クレア様とレオン様のように同世代で継承者が生まれている国もあるので、今後どうなっていくかは不明です」


 「そういえば、サルオンもそうだっけ。テイツは父親の現皇帝と同じくらいクズだからどんな行動に出るか分からないけど、妹のソフィアは血のつながりを疑うレベルでいい子なのよね・・・。もう少し年が上ならレオ兄と結婚してもらってたのに、まだ十五歳で十くらい離れてるのよね・・・」


 継承者同士はお互いのことをよく知っているため、その人間性に関してもそれなりに理解している。クレアは自分を含めて十三人しかいない特別な存在を一人ずつ思い出しながら、自身と同じで珍しい兄妹の継承者について語った。サルオン帝国の悪評は他国に広まっているが、その中にもクレアが認めるような善の皇族がいるようだ。


 もちろんそのあたりの情報も把握している家庭教師は、結婚というまだ先の話についていけていないユリシアに触れつつ、自身の姉も関与している件へと話を移すことにした。


 「お嬢様と同じ学年の継承者はソフィア様だけですね。そうでない王族の方は他にもいらっしゃったと思いますが・・・。そういえば、レオン様のお相手候補も他の四国の王族と皇族でしたよね?」


 「ええ、そうよ。まあでもサルオンの姫は選ばないでしょうね。あの侵略行動があってからサルオンの皇族は他国に嫁ごうとしても断られてるし。残りの三国だとカザツキのシオリさんがいい感じかな。ユータスは現王女様の姉で、アラントは現国王の妹なんだけど、どっちもレオ兄より年上だし、どっか上から目線な感じなんだよね。まああのバカ兄貴はそういうところ全然見えてないからめちゃくちゃ迷ってるみたいだけど・・・。白帝様が自分のことを棚に上げて、国主の一夫多妻を禁じなければこうはならなかったのに」


 姉のシオリを評価してくれるのは嬉しかったが、シオウにとって大切なことは姉自身の気持ちだ。それを知るすべは今のところないが、『彼』が皇位を継げば万事解決するだろうという確信が彼にはある。とはいえ、そんな話をするわけにもいかない彼は王族のルールに関してコメントの述べることにした。


 「その決まりがなければ継承者の把握も難しかったでしょうし、結果オーライなのでは?白帝の狙いがどこにあったのかは分かりませんが、身内での争いを減らすうえでも効率的な手法です」


 「あのー、継承者様のことはまだあまり詳しく習ってないんですけど、王族の血縁者はこの長い歴史の中でたくさん生まれていますよね?どうして白炎の力を継承するのは直系の親族だけなんですか?」


 詳しい者同士で話している内容についていけなくなってきたユリシアが、シオウの説明の間を見て申し訳なさそうに質問をした。よく勉強している彼女なら知っているだろうと身勝手な判断をして話を進めていたことに気づいた新米教師は、己の考えの甘さを反省しつつ謝罪する。


 「勝手に話を進めてすみません、お嬢様。それでは、シンテラを例に順を追って説明しますね。まず国王となるには王位継承の儀を行わなければなりません。そしてその儀式では白帝から各国に一つずつ残された『白の遺産』と呼ばれるものが次期国王へと受け継がれます。ですが、これは触れることができない概念のような存在で、継承される瞬間に物質化するだけでそれ以外は触れられず、国王の体内にただ存在するだけと言われています。この『白の遺産』を持った人間の子だけが、白炎の力を継承する資格を有しているそうです。長い歴史を振り返っても例外はないようですね」


 「だからもし認知されていない継承者が突然現れたら、それは国王の不貞を示す明らかな証拠になるってことね。さっきも言ったけど、国王は一夫多妻を禁じられた立場だから、そうなったら間違いなく王位を下ろされて罪人として生きることになるわ」


 「そうなんですね。白帝様はどれだけ先を見てこういうシステムを作り上げたんでしょうか?」


 「どうでしょうね。白帝様の力は万能で、これまで誰にも継承されたことはないけど『白帝眼』っていう力は全てを見ることができるらしいから、現状も白帝様の想定通りなのかもしれないわ」


 小難しい説明を受け、きわめて例外的な捕捉をしたクレアの真意は分からないが、おそらく王族のルールの厳しさを伝えたかったのだろうとシオウは思った。ただ、その話をこの二人がしていることに、一つの推測を持っている彼は複雑な心境になる。また、その後の二人の会話にも多分に思うところがあった彼は、時計を見てから話を打ち切ることに決めた。


 「・・・さて、色々お話をしましたが、大陸の歴史について、また簡単ですが五大国に関して、そして継承者についてお分かりいただけたでしょうか?」


 「ええ、良い復習になったわ。やっぱりこの辺りは国ごとの知識差もないのね」


 「はい、ありがとうございました!」


 「それではいったん昼休憩にしましょう。午後からは説明できなかった細かい部分や魔術の話に移りたいと思います」


 色々と気を付けなければ突然地雷を踏んでしまうような事態になりかねないと、教師は気を引き締めるのだった。

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