16. 料理と姉妹、近づく騎士
昼休憩を終え、再びアスレイン邸の離れにある研修室へと戻ってきた三人。先ほどの出来事を思い出し、シオウは目の前に座るクレアとユリシアを見ながら表情には出さずに笑った。
(本当によく似ているというか、まるで姉妹のような感じがするんだよな)
自身がそう思う理由について、心当たりがあるものの確証はない。その上、その推測が事実であれば言葉にするべきではないということも彼には分かっている。ただ、そういったことを忘れてしまうほどに昼食時は楽しかったと、シオウは愉快な光景を思い浮かべた。
「さて、昼食はどうしましょうか?」
「・・・アタシは慣れないキッチンで料理するのもアレだし、遠慮しておくわ。ま、まあ嫁入り前の乙女だし、料理は完璧にできるんだけどね!」
「私は料理できないです・・・」
レナードとカレンは昨夜の事後処理で街に出ていたため、昼食はこの三人で囲むこととなった。だが、そのうちの二人に調理は難しいようである。見え見えのウソをつくのは年頃の乙女だからであろうと、シオウとユリシアは内心で同じ思いを抱いたものの、それを口に出すことはしない。とはいえ、早々と二人が白旗を上げたことにより残ったのは家庭教師一人である。
「それでは自分が準備するので、少々お待ちください。お嬢様、キッチンをお借りしますね」
「あの、私もお手伝いしていいですか?道具の場所くらいは知ってるので、サポートならできるかなって・・・」
「もちろん。ぜひお願いします」
「はい!」
ホームアドバンテージを利用して一緒に料理という状況を作り出した家主の娘が嬉しそうに笑っている隣で、自分も近くにいたいものの理由が見つからず焦っている箱入りお姫様。どうしようもないのか思い人の方へとチラチラ視線を向けながら、自分はどうすればいいかと合図を送っている。
視線と気持ちに気づいた上で待っていてくれと言うのも酷い扱いであり、シオウとしては教え子二人に仲良くなって欲しいという思いがあったため、彼はスマートな対応で姫君を向かい入れた。
「クレア様もご一緒にいかがですか?カザツキの料理はあまり見ないでしょうし、休憩中ではありますが、ちょっとした勉強にはなるかと」
「そ、そうね!せっかくだし勉強させてもらうわ!」
分かりやすい乙女の態度が可愛く思え、シオウとともにユリシアも小さく笑っていた。
こうして昼食の調理が始まったのだが、そこからが大変だった。簡単な作業を実演して勉強がてら二人にもやらせてみたところ、見事にシンクロした動きで失敗するのである。
包丁を持たせれば、握り方と逆側の手の使い方がおかしい方向で見事に一致。野菜の皮むきをさせればほとんど食べる部分が残らず、フライパンで炒め物をさせると周囲に色々と飛び散る始末。
低いところでまったく同じレベルにある二人の料理の腕に、シオウは何故か感動していた。
「ご、ごめんなさい・・・」
「みないで・・・アタシのことは見ないで・・・」
あまりの不出来に肩を落とす箱入り娘二人。しかし、弱点が分かれば克服する道筋も立てられるというものだ。もっとも、彼女たちにその必要があるかと言えばおそらくないと思われる。今まで王族と貴族のお嬢様がこれまで練習してきていないということは、すなわちできる必要がないということなのだから。
令嬢二人がガッカリしているため教師らしいことを言おうとしたシオウであったが、そういった事情が容易に想像できたため、途中で意見を変えることとなった。
「ご希望があれば自分が教えますけど・・・。いえ、でもお二人には必要ないことかもしれませんね」
だが、少し言葉が足りない。この言い方では、恋する乙女には真意が届かなかった。
((そ、それって、ずっとシオウさん(くん)が作ってくれるってことっ!?))
予想した反応とは全く異なる方向ではあったが、顔を赤くして嬉しそうにしている二人を見て、シオウは細かいことなどどうでもよくなったようである。
その後、自身の料理を食べて幸せそうにしている乙女たちを眺めながら、この時間はいつまで続くのだろうかと、複雑な心情になった彼であったが、終始楽しそうで明るく、可憐な笑顔を見せてくれる姉妹のような二人を見ているとそれはいつの間にかなくなっていた。
楽しいひとときを家庭教師が思い出していると、思いがけずそれが表に出てしまっていたのか、教え子たちが彼の僅かな違いに気づいた。
「シオウさん、少し雰囲気明るくなりましたよね、クレア様?」
「ええ。何かいいことでもあったのかしら?」
小さな声で確認する乙女たちの距離感が近く、あっという間に仲良くなったことをシオウは嬉しく思った。この二人が何を話しているか、もちろん把握している彼であったが、ここは触れないことが一番自身への被害が出ないことを察したのか、午後の講義を始めることにしたようである。
「午前中の補足と魔術について、お話していきたいと思います。まずは――――」
居候家庭教師の声が室内に響きはじめ、三人の時間はその後もしばらく続くのだった。
ところ変わって、王都とトーレンスの間にいくつかある都市のうちの一つ、レタウ州。水源が豊かで水の都とも呼ばれる美しい街を、王都の騎士団員が身に着ける団服を纏った可憐な女性がため息をつきながら歩いていた。
「はぁ。まったく姫様ったら、いつも自由奔放でいろいろ勝手に決めちゃうし、付き合わされるワタシの身にもなって欲しいわ・・・」
昨夜、護衛の一人もつけないで魔物退治のためにトーレンスへと向かっただけでも困らされた彼女であったが、まさかしばらくその街に留まると言い出すとは、主である姫君とは付き合いの長いこの女騎士も流石に少々呆れてしまうほどだった。その主、クレア・シンテラ姫の近衛騎士である彼女は、まだ魔術学園の高等部を卒業したばかりの十八歳という若さにも関わらず、その姿勢やスタイルの良さも相まって団服がかなり様になっている。
ただ、そのまだ可愛らしさの残る端正な顔立ちは、憂鬱な気持ちで曇っていた。
「どうしてワタシが一日かけて辺境まで長距離移動しなきゃいけないの・・・?転移門のマナ消費量は知ってるけど、王族のワガママなんだから使わせてくれてもいいのに・・・」
愚痴を呟く女騎士はその服装から分かる身分もあって視線を集めているが、気持ちが沈んでいる本人はそれに気づいていない。そんな彼女がふと空を見上げると、既に太陽は沈みかかっていた。今日はここで一泊か、と想定通りの移動距離には満足したものの、今回の呼び出しの理由を思い出すと、やはり憂鬱にならざるを得ない女騎士。
『おはよう、エレナ!しばらくトーレンスで暮らすことにしたんだけど、護衛やってくれる人が男の人でね、彼が困ることもあると思うから、とりあえずエレナもこっちに来て!トーレンスの領主の方から住むところは提供してもらってて、たぶんアタシとエレナ、その護衛の人の三人で仮住まいって感じになるわ。エレナの事情は説明してるし、アタシもいるから大丈夫。それじゃ、できるだけ早く来てね!』
いったいぜんたい、何が大丈夫なのか。彼女、エレナ・マーキスにはさっぱり分からなかった。しかし、一方的に連絡を切られ、その後まったく繋がらなかったため文句も言えず命令に従うしかない。
「はぁ。耐えられるかな、ワタシ・・・」
男嫌いの理由を知っているはずの主が言うのだから大丈夫だと頭では分かっていても、心が拒絶するのを止めることはできない。あのときの記憶は一切薄れることなく鮮明に残っているのだから。
「・・・男なんてみんな同じ、ただの獣よ」
女性が営んでいる宿を発見した彼女は、その宿の中で最上の部屋を一部屋借り、浴槽に浸かって身体を休めながら弱々しく呟いた。水の豊かな街だけあってお風呂の設備もしっかりしていて、心地の良い湯船に身を任せながら考え事をしていた彼女であったが、忘れられないトラウマまで思い出してしまったようである。
「今のままじゃダメだって分かってる。だけど、それでも・・・」
あのとき汚されなかった綺麗な肌にのった水滴を見つめながら、体育座りの体制のまま己の身体を強く抱きとめる。温かい浴槽に浸かっているはずなのに、彼女の身体は震えていた。
「っ!?」
思考の海におぼれていたエレナは、慣れているはずの念話の気配で現実に引き戻される。
『エレナ?旅の調子はどんな感じ?』
相手はこれまでに何度もこうして会話している主だ。
『順調ですよ。今はレタウ州の宿で休んでいます』
『それなら明日の昼頃には着きそうね。待ってるわ』
『はい。日が昇り次第、ここから出発します。ところで姫様、少しお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?』
『いつでも気軽に相談してくれていいからね。それで、どうしたの?』
『姫様が大丈夫という護衛の男についてです。事前に素性や実力を知っておきたいので』
『シオウくんのことを聞きたいならいくらでも話してあげるわ!彼はね――――』
何故かテンションは最高潮でこれまでになく楽しそうにその男の話をする主に多少の違和感を覚えた近衛騎士は、それに釣られて少しだけ気分が明るくなりかけた。しかし、その話を聞く中で彼女の心は徐々に冷めていった。近くでその経緯を見ていない人間で、なおかつ護衛という職務を与えられている彼女がそのことに気づくのは、至極当然のことだったのかもしれない。
「いったいどういうことなの・・・?」
主から状況を説明され終わって最初こそ混乱したものの、すべては明日自分の目で見て判断してやると決意した近衛騎士に、先ほどまでの弱々しい様子はまったく感じられなかった。
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