Last.act [ダハール近郊/墓地]
[ダハール近郊/墓地]
ニグ族は砂漠の民であるからこそ、誰よりも土に還ることを望む。
乾いた砂の大地で干乾びていく無残さを、よく知っているからである。そこには魂さえ残らない悲痛さがある。だからこそ土へと還り、大自然の循環の一部となることに焦がれるのだ。
首都ダハールから西へ数キロ。そこに歴代の王達も眠る、肥沃な庭園があった。春ともなれば花が咲き乱れ、小鳥も歌いにやってくる。ニグ族が憧れてやまない広大な緑の大地には、四角い墓石が延々と並び、その白さを際立てていた。
生と死の共にあらんことを。
ニグ族の様式美をもっとも色濃く表すのが、この墓地である。あれほどの内戦を経験しながらも、墓石の数はそれほど増えなかった。
なぜなら身元の分からない戦死者が、あまりにも多過ぎたからだ。無差別に殺し、理由もなく殺され、ヒビ割れた大地が吸っていった血には名前の区別などなかった。
民衆はそうした者達を忘れないように、皆で慰霊碑を建てた。崩落した宮殿の壁から作った急ごしらえの物だったが、誰もが納得し献花に訪れた。
その祭壇を横目に、ジェリコは一服やっている。
そして隣にはヒゲを剃り、タイタン連邦特殊工作部隊(TSU)の軍服を着たウォールが立っている。紛争終結後、お互い会うのは久しぶりだった。
「やっぱりあんたTSUの人間だったか。結局、最後まで大佐に踊らされてたってわけだ」
ジェリコはふてくされたようにウォールにいった。
「気付いていらしたんですね。一体いつから?」
寡黙だった巨漢は、意外にもよくしゃべる。それはヒゲを剃ったせいで、口周りが滑らかになったからだけではなさそうだった。
ジェリコは負け惜しみでなく淡々と答える。
「最初からだよ」
「えっ?」
ウォールは驚きを禁じ得ない。堅物の表情に一瞬のスキがうかがえる。
「“
などと。
高額の手間賃を掛けてまでつねに愛銃を密輸しているジェリコが、棚のうえどころか、自分のことを静止衛星の軌道上くらいにあげて悪態をつく。
そこまでいわれてようやくウォールがうろたえた。
「あ……と、それはっ……。お、おみそれしました!」
だらしなく半開きになったジェリコの唇から、ぼやのように紫煙が立ち昇る。
ウォールはあらためて姿勢を正した。
「自分の任務は、戦争終結後の残務処理と、暫定政権の早期実現及び、その運営です。他国とのアドバンテージを保つために、国際法ギリギリですが反乱軍への潜入を命じられました。伝説の“レイヴン”少尉とご一緒できたこと、自分は誇りに思っております」
「やめてくれ。いまは“灰色鴉”で通してる。それから今度大佐に会ったら、いっといてくれ。こんなことはもう二度とゴメンだってな」
ビシッと指を突きつけて、ジェリコがウォールに念を押した。
「了解しました。ですが、おとなしく聞くような人間じゃないと思います」
「だな」
がっくりと肩を落とす。直系の後輩にあたる人物のセリフは、妙な説得力を持っていた。
「では自分はこれで」
「ああ」
大きな身体を折りたたんで、ウォールが敬礼をした。カツンと軍靴を鳴らして回れ右。ジェリコに背を向けて、“鉄壁”の名を持つ軍曹がその場を去っていく。ジェリコはフィルターの根元まで吸い切ったタバコを踏み消し、コルトの待つ大きな墓の前へと移動した。
そこには歴代の王の名が記された墓石の横に、小さくひっそりと立つ墓もあった。
コルトはその二つに、同じ分だけの時間を掛けて祈りを捧げていた。
「なに話してたんだ?」
ジェリコが彼女の後ろに立ち、そう訊ねる。するとコルトは困ったような顔をして。
「死んだ人とはお話できないよ」
「ロマンのない奴だね」
無論、本気ではない。ジェリコは軽口でそういったのだ。
「女を現実的にさせるのは、男が馬鹿だからよ……私を置いて勝手に死んじゃうなんて。それも一度に二人もよ? 失礼しちゃう。もう、兄様もウィニーもどうかしてる」
二つの墓を交互に見つめ、コルトは悲哀のこもった笑みを浮かべた。
「……大丈夫か?」
「うん。大分落ち着いた。さすがに続けてはショックだったけど、バカ親父のほうを見ちゃったらなんだか冷めちゃって。ああ、これが現実なんだなーって」
振り返った彼女は、すでにジェリコの知るいつものコルトだった。
冗談とも本気ともつかない、そういうところがまた無性に悲運を感じさせる。
「そんなもんなのか?」
ジェリコがそう気を使ってやると、コルトはすこし沈んだ様子で答える。
「そんなもんみたい。あとは、ティム
「ああ、そっちはウォールがちゃんとしてくれるだろう。元々それが目的なんだし」
「私、騙されてばっかりね。ウォールにも、それからあんたにも」
「たはは……」
痛いところをつかれ、ジェリコも苦笑いをするよりしょうがない。コルトは怒っているというよりも、まだいまいちピンときていないという感じだ。目の前でマジックを見て、トリックが見破れなかった時の、奇妙な悔しさみたいなあれである。
「革命――あんたが起こしたんだってね。オリバーから聞いた」
するとジェリコは、コルトの目を見て割と本気で切り返す。
「いや、俺はただ手を貸しただけさ。この国を変えたのは民衆の力だ」
「随分と謙虚じゃない」
「性分だよ」
「ウソばっか」
二人の間にようやくわだかまりのない笑い声が起こった。ささやかなことではあるが、やっと戦争が過去のものへと変わろうとしている証だった。
「これからどうすんだ? 王室へもどるのか」
ジェリコの問いに、コルトは無言で首を振った。
「ティム姉様と生まれてくる赤ちゃんには悪いけど、私はもうこの国にはいたくないの。戦争も、王室の権力争いも二度とゴメンだわ」
先ほどウォールにいったセリフが、すぐさま自分に返ってくる。これにはもう笑うしかなかった。ジェリコはコルトの意見に大いに賛成である。
「私、砂漠以外の景色が見てみたい。この国は大好きだけど、辛い思い出が増えすぎちゃった」
「旅に出るのか?」
「うん。小さなトランクに必要な物だけを詰めて。楽しかった思い出と、優しい言葉を忘れないように」
ジェリコは自分の小指を見て、ユギトの言葉を思い出した。「コルトを頼む」本当に最後まで他人の心配ばかりをしている男だったと、あらためて友の優しさに感動する。
「一緒にくるか」
その言葉が出たのは、ごく自然の成り行きだった。ジェリコはコルトの反応を窺う。
「え?」
「頼まれたんだ、
彼女の目の前に小指を掲げて、すこし照れくさそうにそういった。
「もしよかったらでいいんだが、俺の仕事を手伝ってくれないか? 内容はかなりハードだが、給料だけは弾むぜ」
するとコルトは悪戯な笑みを見せて、ジェリコの小指に自らの小指を絡ませた。
「ジャーナリストじゃなかったの?」
そう訊かれたジェリコは不敵に笑う。
「いんや、ヤクザな商売さ」
墓前にたたずむ二人は、果たせなかった誰かとの約束をやり直す。
指切りげんまん。今度またウソついたら針千本どころじゃすまさない、とコルトの目がいっていた。ジェリコは内心うなだれる。
楽をするのも楽じゃない――。
〈ヤクザな商売/完〉
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