EX.4 [学校前/警部補の憂鬱、ミラの受難]


[学校前/警部補の憂鬱、ミラの受難]



 夕暮れ迫るアイリス学園の周りはすでに野次馬で埋め尽くされていた。それを警官隊が押し留め、校内から一定の距離を保っている。


 犯人との交渉役は、メガホンを構えるやる気のないひとりの男があたっていた。


「はーい。そこの犯人に告ぐー。無駄な抵抗はやめて出てきなさーい。無駄だと思わなかったらやっていいとか、そういう意味じゃないからねー。わかったら空気呼んでさっさと出てきなさいめんどくさいから」


「ちょっと警部補。もうすこしマジメにやってくださいよ。民間人も見てますから」


「あ? ったくうるせえな……わーったよ。おいこら犯人! 無駄な抵抗はやめていますぐ人質を解放しろ! この学校の周辺はすでに五万人を超える特殊部隊が包囲して」


「わーっ! ウソはやめろーっ! 報道関係者だって現場に入ってんだぞ!」


 部下の若い刑事が慌てて止める。警部補は非常に殺気だっていた。


「うるせえな! だったら俺にどうしろってんだ! こっちは大事な案件すっとばして具にもつかねえこんな現場に来てんだぞ! いちいちあれやれこれやれと指図すんだったら、とっとと身代金でも渡して人質解放してもらえ!」


 あまりに正当な剣幕に、さすがの彼も一歩引いた。


「す、すみませんでした。まさか専従の捜査をあとまわしにしてまで、こちらの応援に来ていただいてるとは……」


「まったくだよ。久しぶりに五対五ゴーゴーでスッチーと飲めると思ったのに!」


「って、合コンじゃねえか!」


「合コンのなにが悪い! てめ、俺が今日の合コンにどんだけ懸けてたか知ってんのか!」


「たかだかスッチーとの合コンにどんだけ執念燃やしてんだアンタ!」


「馬鹿野郎! いまどきのスッチーが、俺達みたいに不安定な公務員を、ホイホイ相手にしてくれるとでも思ってるのか! 甘い、甘いぞてめえ! こちとら半年前から粉かけてやっと落としたスッチーに、美人の友達セッティングしてもらうのにいくら使ったと思ってんだ!」


「知るか! あと生々しいわ!」


 警部補は半年間のメモリーズにうちひしがれ、がっくりとうなだれる。


「まったく……ドル×バの財布もエ×メスの香水も全部無駄になった。いまさら赤の他人の小娘ひとりどうなろうと知ったことではない!」


「わーわーわー! なにも聞こえないー! 俺はコイツの発言を一切関知しないぞ!」


 若い刑事は耳を塞いでもだえている。


「あーあ。ホントやんなっちゃったな。もう合コンも間に合わないし、腹いせに犯人でも撃っちゃおうかな」


 警部補はジャケットの内側からマグナムを取り出した。


「や、やめてくださいよ警部補! いくら相手がアンドロイドだって、下手に刺激したらどんな行動に出るかわかりませんよ? それにもうすこし真剣にやってください。もしホントにアンドロイドの叛乱だったりしたら、それこそ歴史の教科書に載っちゃうくらい大きな事件なんですからね?」


 若い刑事はまるで嘆願するように上司を見た。


「ああ? おまえまだそんなこといってんの?」


「え?」


「あんなお遊戯会でしかお目にかかれねえようなもん着込んだアンドロイドが、どこの世界にいるっつーのよ。それに機械が現金と逃走用のヘリなんつー即物的なもん要求するか? 仮にも義勇団を名乗ってんなら、同志のアンドロイドを人類の手から解放しろとか言うんじゃねえの」


 警部補は呆れたように吐き出した。

 若い刑事は途端に動揺する。


「じゃ、じゃあどうして彼らはアンドロイドなんか騙って犯行を?」


「アンドロイドだから人間の法律には縛られないって、あいつら自身がいってんだろ? だったらそういうことなんじゃねーの」


「な! そんなくだらない理由でアンドロイドを利用したってんですか?」


「理由なんざいまさらどうでもいい。しかし奴らが今も自分たちのしでかしたことを、アンドロイドのせいにするつもりなのは確かだ。オツムのイカレ具合はポンコツ級だが、早くしねえと小娘ひとりくらい殺っちまう覚悟は持ってんじゃねえの?」


 小指で掘り出した耳垢にフッと息を吹きかけて飛ばす。警部補は興味なさげだ。


「い、意外に冷静に分析してたんですね……」


「当然だ。伊達にノンキャリから叩き上げてここまできたわけじゃない」


「警部補……」


「苦節二十年。血のにじむような接待とおべっかの毎日だった」


「お願いですから上司のおたいこの持ち方じゃなくて、捜査術とか教えてください」


「慣れろ。それだけだ」


「またテキトーな……」


「そんなことよりも身代金はまだ都合つかんのか? 引き延ばしにも限界があるぞ」


 警部補は途端に真剣な顔をして部下を見た。


「ええ、要求の額が法外ですので、被害対策室のプール金では間に合わないそうです。いま、ご両親とウチの署長が、関係各署をまわって資金繰りを」


「そんな悠長なこといってていいのかね? あーあ。やっぱり合コン行けばよかった」


「まだそんなことを……」


 そうこうしていると、現場に到着したコルトが警官隊を振り切って警部補らのもとへとやってくる。


「ミラ! ミラは無事なの!」


 慌てた様子でしきりに友人の名を呼んでいた。


「ちょっと君! 関係者以外は現場に立ち入らないでくれ!」


 それを若い刑事が立ちはだかって止める。


「私、あの子の友達なんです! アイリス学園中等部二年B組のコル・タファネス。あの子の名前は美良みらぱる子!」


「ミラ・パルコ? まるで往年のダイ×ツのミニカーじゃないか」


 警部補はいった。


「あー、わかったからさ。危ないからお帰んなさい。君ひとり増えたところで、状況はなんら変わんないよ。むしろ現場が混乱する。お願いだから下がりなさい。いい子だから」


「でも!」


「デモもストライキもない。学生はウチに帰って脳トレでもやってればいいんだ。ん? それからアンタ誰?」


 警部補はコルトのあとを追ってきたバレットを見て訝しんだ。


「こ、この子の保護者あるっ。い、息が……」


 普段運動不足の人が走ると必ずこうなるという好例である。


「なるほど。じゃあとっとと連れてってください。非常に迷惑です。……それにしてもあなた、ガマガエルによく似てらっしゃいますね」


「け、警部補それは失礼ですよ!」


 若い刑事が即座につっこむ。


「馬鹿野郎! こっちは褒め言葉でいってんだ! 素人が口をはさむんじゃねえ!」


「なんの玄人プロなんだよおまえは」


 すると息を整えたバレットが、わなわなと震える若い刑事を押し留め。


「よく言われるあるヨ。昔、先祖がガマの油売りで財をなして呪われたある」


「おお! それでは四六のガマで? こりゃめでたい」


 あっはっはと、なんだか気のあった様子のふたり。


「かくいう自分も昔は忍者をやってまして、ガマには多少の縁がございま」


「ちょっと! ワケのわからん伏線張らんでください! 回収できないよ!」


 若い刑事はここぞとばかりにわめき散らす。


「やめろよそういうメタ的な発言は。嫌われるぜ?」


「やかましい! そんなことよりいまは現場に集中しろって、何度もいってんだろうが!」


「ちっ、うっせーな。……じゃああの、また今度折り返しご連絡しますんで名刺でも」


「あ、これはこれはどうもご丁寧に」


 おっさんたちが名刺交換をしていると、コルトは諦めたように。


「バレット行くよ」


「え? ああ、ちょっとコルトさん!」


 スタスタと人垣の中へ消えていった。

 軽トラックに舞い戻ったふたりは、学園の周囲をぐるぐると回って、どこかにスキがないかを探っていた。


「警察がなにもしてくれないなら、こっちにだって考えがあるわ」


「嫌な予感しかしないある」


「私が校舎に乗り込んで、ミラをぶん取ってこればいいのよ!」


「やっぱり」


 がくんと首を落としたバレット。


「”横取り”はジェリコさんの領分あるヨ? ここはちょっと待ったほうが」


「さっきの刑事さんの話聞いてたでしょ? もう時間がないのよ!」


「うーん……仕方がないあるナァ。充分に注意するあるヨ?」


「まかせて!」


 コルトは根拠のない自信で拳を突き出した。


「しかしどこも警官隊でいっぱいある。アリの這い出る隙間もないとはこのことヨ」


「野次馬も多いなぁ。やっぱ入れないのかなぁ」


 舌の根も乾かぬうちにうなだれるコルトにバレットはいう。


「ん? あそこだけ警官がひとりある」


「どこ?」


「校舎の西門」


 コルトがそちらを目を移すと、確かに彼のいうとおりだった。


「道路を挟んで向かい側は商店あるからナ。野次馬が多い割には警備が手薄ある」


「あの刑事ひとりをおびき出せれば、なんとか校舎に入れるかも……」


「なんかいい案でも浮かんだあるカ?」


「バレット。トラックの荷台にガスコンロとフライパンってある?」


「またまた嫌な予感がするネ……」


 バレットは心底そう思った。


〈つづく〉










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