Ex.3 [家路/バレットとの遭遇]
[家路/バレットとの遭遇]
コルトが石ころを蹴りながら遊歩道を朝来たルートで逆流していると、歩道沿いに一台の軽トラックが停車した。キキーっと耳慣れたスキール音がする。
「コルトさん、いま帰りあるカ?」
車の窓から顔を出したなまずひげのガマガエルが、コルトを呼んだ。人外魔境な顔をしているが、これでもれっきとした人間である。
「バレット。今日はなに? お店じゃないの?」
荷台の幌に大きく「回商会」と書かれた軽トラに近づき、コルトはバレットに訊ねた。
「今日はウチの製品開発部から、新製品のレクチャーがあったネ。ついでに雑貨やら日用品も仕入れてきたのヨ。荷台はいま小さなスーパーマーケットみたいネ」
「へー」
「なにをそんなところに突っ立ってるカ。早く乗るよろし。そんなんじゃいつまでたってもお家に帰れないヨ。まったく日が暮れてしまうネ」
「あはは。そうだね。じゃあお邪魔しまーす」
コルトが乗り込むと軽トラは発車する。
「今日はまた随分と遅いあるナ。きっとジェリコさんも心配しているネ」
運転席のバレットは座るというよりも、埋まっていた。握るハンドルも腹につかえて窮屈そうである。
「どうかなぁ。まだあっちも帰ってないんじゃない?」
「おや、そうあるカ? 最近は危険な仕事が減った分、ちょっとデリケートな内容の依頼が増え
ているネ。切ったはったの荒事のほうが楽だといつもこぼしているある。あれは相当ストレス感じてるヨ」
「たはは」
コルトは苦笑いだった。
「それはそうとコルトさん。こないだ言ってた件ネ」
「こないだ? ああ就職の話?」
「そうそうそれ。やっぱりワタシもジェリコさんに賛成ヨ。高校は出ておいて損はないある。無理して急ぐこともないと思うあるけどナァ」
「でも……」
コルトはなにかをいいかけて口ごもる。
「アルバイトならいつでも歓迎ヨ。こちらも気の知れた相手が手伝ってくれるなら大助かりあるからナ。ジェリコさんだって働くことに反対してるわけじゃないネ、きっと許してくれるヨ」
「……」
「皆コルトさんのこと大事に思っているのヨ。生まれ故郷じゃお姫さまだったあなたが、普通の暮らしをするのはとても大変ネ。それをジェリコさんは一番に考えているある。わがままをいってはいけないネ」
「わがままなんかじゃないもん」
「同じことある。ジェリコさんだっていま自分に不向きなお仕事をしてるのヨ? あまり派手に動き回るとコルトさんが見つかってしまうカラ。ホントだったら、いまごろお国へと強制送還されているネ」
「……」
「大丈夫。ジェリコさんを信じてついていけばいいヨ。お国にはいつでも帰れるんだカラ」
「バレット……」
「それにワタシもついてるヨ。泥舟に乗ったつもりでいてネ」
バレットは鼻の上にちょんと乗せた、丸いサングラスを持ち上げて照れ笑いをした。
「ありがとうバレット! でも泥舟じゃなくって大船ね!」
そしてコルトは運転中のバレットに勢いよく抱きつく。
「ちょ! コルトさん、運転中は危ないネ! わーわー!」
蛇行運転するトラック。しばらくして挙動が戻った。
「まったく信じられないことをするヨ、この娘は! 保護者の教育に問題ありネ!」
「さっき信じてついてけっていったクセに!」
「それとこれとは話が別ネ! あとで抗議するある!」
「わぅ! それは怒られるからやめて! ガラス窓にツメ立てて、キ~っとかやるからあいつ」
「そ、そんなえげつないお仕置きをするあるカ!」
バレットは正面から視線を外し、コルトに目を見開いた。
「そうよ! あいつはとんでもないドSなのよ! その割には自分も、好きな人にはM体質のクセにさ。なによなによっ。私にはMっ気を刺激されないってわけ!」
「ちょ……コルトさん、怒りの矛先が変わっているある」
「はっ! い、いけない! 私としたことが……」
「や、ある意味とってもあなたらしかったヨ」
「どういう意味よそれ」
じろっとバレットをにらみつけた。
「そーいえば! コルトさんに耳寄りな情報ヨ!」
「話題すり替えやがったなこいつ……」
「ぱぱらぱっぱぱー! 『レイヴン・ゴーグル』~っ」
そこはかとなく声をにごらせたバレットが、ハンドルを握りながら、どこからか不思議な形をしたゴーグルを出した。それをコルトに持たせ、自分はその説明をする。
「コルトさん、ちょっとハメてみるよろし」
「なによこれ?」
コルトは透けるような金色の髪をなでつけて、そのゴーグルを装着した。ちょっとごついサングラスのような着け心地。
「ケータイは持ってるあるカ?」
「うん」
「ではゴーグルのフレームに通信ケーブルがついているから、それを引き出して」
「ふんふん」
「引き出したらそれをケータイのジャックにつなぐある」
「こう?」
するとゴーグルの視野いっぱいに、ケータイからの情報が随時流れてきた。コルトはいま現実の風景をバックに、システム管理表と電話の通話履歴を見ている。リダイヤルはミラだ。
「わ!」
突如あらわれた情報にコルトは驚いた。のけぞってキャビンに頭をぶつける。
「ててて……どうなってんのこれ?」
「ケータイからのデータがそのままレンズに表示されているある。ゴーグルのフレームにある切り替えスイッチを押すか、ケータイの電源を切ればただのメガネに戻るネ」
「あ、ホントだ」
コルトはぽちぽちとスイッチを何度か触った。
「それからゴーグルのフレームが、直接耳骨を震わせて音声も聞こえるネ。骨伝導だから周りに音がもれる心配もないある。それからどんな小声でしゃべってもこちら側の音声は拾ってくれるネ。どうある? まるで電脳化したみたいと思わないカ?」
「おおー」
「どうよそれ、まるでコルトさんのような人のために作られた製品ネ。お安くしとくから、おひとついかがある?」
「金とんのぉ?」
コルトは素っ頓狂な声を出す。
「いくら親しい間柄といっても、金銭面ではシビアにならざるを得ないネ。それが友情を壊さない秘訣ヨ」
「しっかりしてるなぁ……ん?」
バレットの人生観にすこしうちひしがれているコルトだったが、どういうわけか途端にくちごもった。
「どうしたネ?」
コルトはゴーグルに表示されているケータイからの映像に見入っていた。
「なんか臨時ニュース……って、えええええ!」
コルトの叫び声に驚いたバレットが、ハンドル操作をまた損なう。
「なんちゅう声を出すあるカ! またハンドル切りそこなったある! 事故でも起こしたらどうするつもりヨ!」
しかしコルトはニュースに夢中。
「コルトさん?」
彼女の様子がおかしいと気付いたバレットが訝しげに訊ねた。
「ホントにどうしたあるカ?」
「が、学校が……」
「はい?」
「学校がアンドロイドに占拠されたって」
コルトは冗談を言っているようでも、ウソをついているようでもない。
「はぁ? そんなバカな話があるカネ。機械の叛乱なんて、古典のSFもいいとこヨ」
「でもニュースでそういって……うそ……」
「またなにか新情報あるカ?」
「アンドロイドが人質とって身代金要求しているって……」
コルトは驚愕のあまりに言葉すくなだ。
「報道のいい加減さもここに極まりネ」
バレットがそう呆れていると、コルトは震える唇からその名を口にした。
「ミラなの……」
「? ちょっとコルトさん? 顔色がよろしくないあるヨ?」
顔面蒼白となったコルトがバレットを見た。
「どうしよう! 私の友達が人質にとられてる!」
「なんだって? どうしてそんなことになってるある!」
「わかんないよ! でも犯人が教室の窓からなんか叫んでて、そいつに捕まってるのが私の同級生のミラなんだってば!」
「どどどどど、どうするネ! じぇ、ジェリコさんに連絡するカッ」
「そ、そうねっ。電話電話!」
コルトは早速ゴーグルの機能を使って兄キへと電話をかけた。
「ダメだ! つながんない! きっとまだ仕事中なんだ!」
「これはマズイことになったある。あとは警察頼みヨ。無事解決してくれればいいあるガ」
「悩んでるよりまず現場よ! いますぐ学校に引き返して!」
コルトは焦燥にかられながら、バレットの服の袖を掴んだ。
「そんなこといったって、この車の流れじゃUターンが難しいある。次の交差点を待ってからちゃんと迂回を」
「そんな悠長なこといってられるかぁ!」
突如伸びてきたコルトの腕に、バレットの握っていたハンドルは横取りされる。
「わ! ぎゃああああああああああ!」
流れの激しい車道を一台の軽トラが急旋回していく。
後続の車も前に走っている車も皆驚いて道をゆずるが、クラクションが鳴り止まない。そんなことなどお構いなしにコルトは祈った。ミラの無事と、早く学校へと辿り着けるように。
〈つづく〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます