act.5 [ラッダハート王国到着]
[ラッダハート王国到着]
砂漠の王国ラッダハートに到着したジェリコは、航砂船を
「ジェリコ・
入国ゲートで精巧な偽造パスポートを確認されながら、ジェリコはいくつかの質問事項を消化していた。カウンターには、中身を露出させた状態のアタッシュケースが置いてある。中身は数日分の替えの下着と、国際通貨のデニール札。タバコ、名刺入れ、観光資料etc……。当然のことだが武器の類は一切ない。
「ええ、親戚が“人民街”におりましてね、ちょっと観光に」
「それはそれは。遠いところから我が国へようこそ。有事につき『おたのしみください』とは申せませんが、よい旅を」
「ありがとう」
砂海港を降りれば、そこはもうラッダハートの国内だ。しかし見渡す限りの砂景色で、砂漠のド真ん中と比べても、特別変化があるようには思えない。だが舗装路はあり、覚悟を決めて都心へと歩き始めると次第に街らしく建造物も増えてきた。
それほど高い建物はなく、皆単純な箱を重ねたような構造で、日干しレンガ、コンクリート、モルタルなどを建材にかなり入り組んだ区画配置となっている。
車はそんなに走っていない。それどころか道路には、ウシやラクダのほうがまだ多い。
首都ダハールまでは徒歩で一時間。もうしばらくの辛抱だった。
「……おっかしいなぁ……」
脱いだジャケットを肩にかけ、シャツをずくずくにしながらジェリコが呻く。かれこれもう二時間以上は歩いていた。体力的な問題よりも、暑さと砂埃による呼吸困難がしんどい。
かなり前に首都まであと数キロという看板を見たものの、街並みは相変わらず寂れたままだった。建物は崩壊して風化が進み、道端にはところどころ戦車の残骸まで転がっている。土嚢を積み上げたバリケードでは、家のない子らが寄り添い、わずかな食料を分け合って、まるで子ネズミのように小さくかじりながら飢えをしのいでいた。
「あかん。さすがに疲れた!」
人気のない街をひたすら歩き続け、いよいよ脚も悲鳴を上げようかという頃。ジェリコはその辺に転がっている、戦車砲の不発弾に腰掛けて休憩することにした。ジャケットの内ポケットからタバコを取り出し、おもむろに火をつける。肺いっぱいに吸い込んだ煙は、砂風に乗って南へと消えた。
すると彼の目の前に、まだ年端もいかぬ少年が現れた。ぼろぼろのシャツを着た、いかにもという孤児だった。
「なんだ? ガキのほしがるようなモノはもっちゃいねーぞ。あっちへ行け」
しっしっと、手で追い払おうとするジェリコに対し、少年はニタァ~と不気味な笑顔をたたえた。鼻をたらし、すきっ歯をこれでもかと見せつけて。そして無造作に、ジェリコの腕を掴もうとする。
「ッ! テメぇ!」
咄嗟の判断で、ジェリコは少年の腹を蹴飛ばした。慌てていたので手加減などできるわけもなく、蹴り飛ばされた少年の身体は、道を挟んだ反対側の、倒壊した住居の壁へと叩きつけられる。
ジェリコがその場に伏せた。その瞬間、ガレキのなかに突っ伏した少年の腹が爆発した。内臓すら飛び散らす間もなく、爆風と熱で蒸発する。あたりはさらに破壊され、かろうじて原型を留めていた住居も無残に吹き飛んでしまった。
ぱらぱらと
「ケッ……小型爆弾でも飲み込んでやがったか。ったく、
服に付いた砂を払い、アタッシュケースを持ち上げる。そしてジェリコは、何事もなかったかのように再び街を歩き始めた。
散策を再開したジェリコの行く手に、今度は壊れた戦車の前でたたずむ人影が現れた。やはり子供だった。しかしさっきの少年とは様子が違い、その子はジェリコよりも戦車のほうにご執心だった。
すこしは話ができそうだと、ジェリコはその子の隣に腰を下ろした。
「よお坊主、ここらでどっか休める場所はねえか。一流ホテルとまではいわないが、それなりのメシと、それからトイレの水がちゃんと出るところがいいな」
ほとんど軽口だった。本音をいえば、ベッドがありさえすればそれでいい。
「ホテルなんてもうないとおもうよ」
「どうしてぇ?」
「だってここ旧市街だもの」
「あ……」
その言葉に脱力し、ジェリコはひっくり返って天を仰ぐ。
「くそぉっ、ん間違えたぁっ!」
ぐっしょりと濡れた背中に、砂がまとわりついてくるのがよく分かる。それでも太陽は、鬱陶しいくらいにまぶしかった。
「なんだよ~、もっと早くいってくれよ~。俺の三時間を返してくれえ~」
いい大人が人目をはばかることなく、めそめそとしていると、それを戦車のうえから見下ろすように、ひとりの少女が顔を見せた。褐色の肌に金色の髪。じりじりと照りつける太陽に、多くの素肌をさらしている。
「なんだぁ?」
それを見咎め、ジェリコが口に出す。
「あんたこそ何者よ。いまこの国がどういう状況だか分かってんの?」
「カーニバルの真っ最中じゃないってことだけは確かだな」
「あっきれた! 暢気なものね。あんたニグ族じゃないでしょ、
起き上がったジェリコは、ジャケットの内ポケットから名刺を一枚取り出した。タバコが入っていたのとは、逆のほうである。
「ジェリコ・クレイヴだ。惑星バルタからきたフリーのジャーナリストさ。ニグレスカ砂漠の資源採掘の実態調査と、ラッダハートの内戦を取材しにきた」
少女は名刺とジェリコを交互に見返して、怪訝な表情をする。
「ジャーナリストってことは、新聞の記事とか書く人だよね?」
「まあ報道業界に固執する主義ではないけど、概ね間違っちゃいない」
子供相手にわけの分からぬ皮肉であったが、それを無視した少女は、突如顔色を明るいものへと変じさせた。
「じゃあさ! この戦争のこと書いて、世界中の人に知ってもらってよ! この国の王がどれだけ愚かで、こんなにも無意味な戦いで皆が血を流してるんだよって」
「あ? ああ……」
急な対応の軟化にジェリコのほうが、ついていけなかった。少女は戦車のうえから飛び降りて、ジェリコの隣へと立つ。彼と並ぶと相当小柄に感じられるが、それは歳相応かもしれない。また戦車をいじっていたほうの子の手をつなぎ、立ち上げらせ。
「知りたいことがあるなら、協力してあげる。私はコルト、この子はグロック。私達、ゲリラ軍の戦士なの」
力強いまなざしと、そこはかとなく感じられる気品がジェリコを圧倒する。その目はキラキラと、また灼熱の太陽にも負けない情熱の炎で燃えていた。
〈つづく〉
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