act.4 [ニグレスカ砂漠/航砂船運転中]

[ニグレスカ砂漠/航砂船運転中]


 熱砂のラッダハート王国といえば、当然ニグレスカ砂漠を避けては通れない。惑星カスパールを代表する、広大な砂漠地帯である。すこし前までは、産業もなにも育まない不毛の大地として世間に知られていた。


 その茫漠とした砂地を、ジェリコは自ら航砂船を操縦して渡っている。車と同じくハンドルとアクセルで操作できる簡単な乗り物だ。船底部に搭載された強力なポンプで砂をかいて前進する。無論、バックはできない。ブレーキも構造上、減速を重ねてうまく目的地で停止するという恰好である。“概念通信”を用いた手放し操作ハンズフリーも可能だが、細かな制御ができないので、普通はあまりおすすめしない。


 当然の話であるが、銃座は取り外してきている。ただでさえ内戦で緊張状態にあるラッダハート王国に、これみよがしに兵器をさらして入国審査を通してもらおうとするほど、ジェリコは非常識ではなかった……まあ彼の常識そのものが一般人のソレではないが。


 延々と広がる砂の景色に、変化が生じる。

 なにもない広大な地平から天に向けて、砂の柱が立ち上っているのだ。その高さゆうに十数メートル。風に流され、砂柱の突端はまるで旗のように優雅な吹流しを見せている。


 やがて砂柱が吹き上げている足元までやってくると、周りの風景とは決して溶け込まない近代的な機械が設置されているのが分かった。それが周辺にいくつも敷設され、ジェリコは舞い落ちてくる砂粒に辟易としていた。仕方なく、いつもは銃座を覆っている厚手の幌を頭から被る。ただでさえ炎天下なのに、蒸し焼きになりそうだった。


 この機械群は、カスパニウム鉱石の採掘装置である。鉱石の取れる砂深部まで掘り進み、汲み上げ用のパイプを打ち込むものだ。その際かき出した不要な砂を、こうして天高く打ち上げて排出しているのである。


 近年、このような施設がニグレスカ砂漠の随所で建設されており、名物風景としてあらたな観光資源ともなりつつある。いままたジェリコの義眼には、大型の豪華客船が砂の海をクルージングしている様子が映っていた。


「はぁ~あ……」


 深いため息。格差社会の現実を、まざまざと見せつけられたような気分だった。

 ジェリコは航砂船の運転をしながら、出掛けによってきたバレットの店「ホイ商会」での彼とのやり取りを思い出していた。


「またとんでもない依頼を引き受けたものネ。さすがのギコア人もびっくりヨ」


 カウンターに埋まってるという表現がしっくりくる感じで、バレットが店のなかにいた。狭い店内には、多種多様な武器が窮屈そうに陳列されている。ライフル、ピストル、手榴弾にナイフ。カタログには重火器や、戦車まで掲載されており、すべてに値札が付いていた。


 ひとつ変わったところとして、店内と店の奥とを往来するベルトコンベアがカウンターの横を走っており、バレットが手元の“電子演算装置ニューロウェア”を操作すると、次々と管理された品物が登場する。そのなかには、先日襲撃した盗賊から奪った物資もあるようだ。


 バレットの“電子演算装置ニューロウェア”は大型で、モニターとキーボート以外はすべてカウンターの下に隠してある。というよりも大き過ぎて他に置き場所がないのだ。さらに彼の背中にある電脳モジュールからは複数の通信ケーブルが伸び、あちらこちらにある機械ともつながっているようだった。まるで店と一体になっているかのようである。


「大佐にまんまとしてやられたよ。あの様子だと、かなり前から俺の隠れ家ヤサは割れてたんだ。なのにあの野郎、人を泳がすような真似しやがって」


 狭苦しい店のさらに片隅で、ジェリコは苦々しく大きなキセルをふかしていた。それに対しバレットは、仕事の手を止めないようにして耳を傾けている。


「セルゲイ・ドラグノフ大佐。連邦の特殊部隊TSUの長官ネ。確かあなたと同じ、“Wings”のメンバーではなかったカ?」


「そうだよ。昔っから食えない男さ。あの二枚舌に何度騙されたことか……」


「ほほう、電脳化の次は、生体部品の追加あるカ。舌が二枚とはなかなかユニークなセンスあるネ」


「…………」


「冗談ヨ。あまり深く考えてはダメネ」


「つまんねえんだよ、あんたのジョークは。筋金入りに」


「商才と芸能は両立できないヨ。だったらワタシ、コメディアンになるネ」


「悪いこといわないからやめとけ。商人が天職だよ、あんた」


「いやぁ~、それほどでもないヨ~」


「……褒めてねえよ」


 不毛な会話にうなだれつつ、ジェリコはホイ商会をあとにする。店を出る間際に彼の相棒はいった「あとはにまかせるよろし」と。


 なまずヒゲの生えたガマガエルは満面の笑みだった。まん丸レンズのサングラスをギラギラと光らせ、商人特有のいやらしい口角の上げ方で。


〈つづく〉



























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