act.6 [ダハール旧市街/反乱軍アジト]

[ダハール旧市街/反乱軍アジト]


 コルトと名乗る少女にジェリコが連れてこられたのは、半壊したビルのなかだった。仕上げの粗いモルタルの壁からは、内部の建材が飛び出して見える。

 もとは病院だったらしく、その名残か、使い物にならない医療器具が床に散乱していた。うえを見上げると、設計者の意図とは関係なく、天井がになっていた。


「ちょっと待っててね」


 そういい残したコルトはグロックと共に、崩落した壁と壁との隙間に入り込み、下のほうに続く暗い縦穴へと消えていった。大人では絶対に進入することができない通路である。ジェリコはかつての病院の待合室で、待ちぼうけを食っていた。タバコの煙が目に染みる。


「お待たせー」


 すると待合室の床の一部がパカンと開いて、コルトが元気よく顔を出した。床に敷き詰められたタイルの、丸々一枚がアジトへの隠し扉となってるようだ。


「内側からしか鍵が掛けられなくってさ」


 ということは、さっきは勝手に抜け出してきたのだろうとジェリコは推測した。とんだじゃじゃ馬娘のようだ。


 そんな感想はおくびにも出さす、ジェリコは彼女のあとを追って、隠し扉から続く急な階段を下へと降りていった。入り口こそ建物のなかだったが、アジト本体は穴倉らしかった。ぼんやりと蛍光色に光る岩盤とは別に、いびつに掘り進められた坑道内には、きちんとした照明装置が完備されている。


 いたるところが明るくて、ジェリコは本当にここが地下かと疑った。構造こそ、まるきり坑道なのだが、その設備の充実振りはさながら大都市の地下街を思わせる。

 そこで出会った、ひとりの男。


にい様!」


 コルトがその男に向かって走り出した。彼女と同じ美しい褐色の肌を持ち、若いが豊かな口ヒゲをたくわえている。


「コルト? お前、また勝手に戦場へ出てたのか。危ないからやめろといつもいってるだろう」


「大丈夫よ。今日の戦闘はもう終わったわ。兵士が時間外労働するほど、国王には人徳なんてないもの」


「またそんなことを。気をつけないといつか痛い目にあうからな」


「はいはい。分かってますよーだ」


 兄妹というよりかは、若いカップルの睦み合いといった感じだった。それを見た周りの大人達は皆、目尻を下げている。誰も彼もが、そろいのゆったりとした民族衣装に身を包み、男はヒゲをたくわえ、女は頭から被った布で肌の露出を抑えていた。そのなかでコルトという存在は、ある種特別なものだったのかもしれない。

 しばらくしてコルトの兄らしき人物が、ジェリコの存在に気付いた。


「こちらは?」


 彼はジェリコに目礼しつつ、コルトに訊ねる。すると彼女はジェリコが渡した名刺を兄に見せながら、


「フリーのジャーナリストだって」


 と、覚えたての言葉を自慢げに話す子供のようにいう。


「それはそれは……ご挨拶が遅れました。私はユギトレス・ラッダハートと申します。一応、この軍を指揮しております」


 彼の自己紹介に、ジェリコは露骨に驚いてみせた。


「ユギト……って皇太子殿下?」


「ええまあ」


「じゃ、じゃあその妹ってことは、この子は……」


「コル・タファネス。この国の王女よ、一応ね」


 偶然とはいえ、いきなりくだんの中枢へと踏み込んでしまった事実に唖然とする。しかしその大半は、王女コルトのあまりの奔放さに呆れていただけだったのだが。


「この国の女性は、確かみだりに肌を見せてはいけないと戒律で定められていたはずだが?」


 ジェリコがうろ覚えの知識をひけらかすと、コルトが鼻息を荒くして。


「ふん! そんな古臭いものにしばられて若者が納得すると思って? 戒律がどうとか、女がどうだとか知ったことじゃないわよ。私は私らしく好きなように生きる。大体ホントは女々しいクセして男達がいばっているから、いつまでも戦争が終わらないんじゃない!」


「コルト!」


 兄がいさめると、ぷいっと顔をそむけてコルトは坑道の奥のほうへと行ってしまった。その様子に周りの大人達は喝采と苦笑とを同時に送るが、兄の繊細な表情にはそんな余裕はなかった。

 コルトを追い、グロックがそのあとに続く。そしてもうひとり、いかにも気の弱そうな、まだヒゲも生えそろっていない少年が、彼女達を追いかけていった。


「すいません、妹はどうも型破りで……。伝統であるとか格式であるとか、とにかくそういうものにとらわれるのが嫌いなようで」


 この国の伝統をその身に預かる皇太子殿下が、実にばつの悪そうな顔をした。


「いやぁ元気があっていいじゃないですか。今時はあれくらいでなければ、世の中渡っていけませんて」


「そういっていただけると助かります。と、このまま立ち話というのもなんですので、どうか奥へ。何分、有事ですので大したもてなしもできませんが、昨今の海外メディアの風評などをお聞かせ願えればと思います。なにせ国内に情報が入ってこない状況なものですから」


「報道管制ですな」


「ええ、お恥ずかしい……この国の王は、自らの評価を民衆に知らしめたくないのです」


「お察しいたします」


 完全なる営業口調でジェリコは対応する。目礼と沈痛な面持ち。その辺の立ち回りにはかなりの自信があった。


「では、こちらへどうぞ」


 王子の案内で通されたのは、岩盤をくりぬいた小部屋だった。やはり照明が完備され、都会のオフィスのように明るい。会議用の長机が中央に横たわり、部屋の隅には無線機や、据え置きタイプの“電子演算装置ニューロウェア”が導入されていた。


「お、お茶をどうぞ」


 おっかなびっくりな様子で茶を出してくれたのは、先ほどコルトのあとを追っかけていった少年だった。


「ありがとうウィニー。下がってくれ」


「はい」


「あ、そうだ」


 王子がウィニー少年を呼び止めた。


「いつも妹をすまない。感謝しているよ」


「感謝だなんてそんな……、両殿下にお仕えできることを誇りに思っておりますので」


「そうか……うん、分かった」


 はにかんだ笑顔を見せてウィニーは退室した。部屋にはジェリコと王子、そして寡黙な巨漢兵士の三人が残る。その兵士は民族衣装ではなく、所属不明の野戦服を身にまとっており、手には使い込まれた小銃が握られていた。

 警戒すべきは王子より、むしろ彼である。彼はジェリコに対し、威圧的な視線を送ってくるのだ。


「ウィニーは、私の乳母だった女性の孫でね。妹の無茶には幼い頃から付き合ってもらっていて、気の弱いところはあるが、いい少年です。いまはアジトでの身の回りの世話をしてもらっているんですよ。何分、男所帯なものでね。妹はあの調子だし……」


 と、水面下で火花を散らせるジェリコと兵士にも気付かず、王子は妹の狼藉をのうのうと語り、乾いた笑いをしてみせた。


「しかし旧市街といえば、完全にエネルギーの供給を絶たれているものだと思いましたが、意外にも設備が充実してますな。穴倉生活とはいえ下手な民家よりも快適じゃないですか?」


 ジェリコの言葉を待っていたかのように、王子はテーブルの下から床の欠片を持ち上げて、それを彼に見せた。その石ころは、アジト入り口にあった壁と同じく、ひとりでにぼんやりと蛍光色に輝いていた。


「これは……カスパニウム鉱石!」


「そうです。このアジトの壁を削ればまだ出てきますよ。本来は、常温でゲル状のカスパニウムですが、天然の状態ではこうして鉱物のなかに浸透しています。これにそのままプラグを差し込めば、なんら問題なく機械は作動するんです」


「じゃあここは?」


「ええ、カスパニウムの試験採掘が行われた坑道です。実用に充分なデータが取れたので放棄されましたが、地下にはまだ未採掘のカスパニウムが大量に埋蔵されています。それを利用して施設のエネルギーとしているのです」


「未調整の高エネルギー体カスパトロンをそのまま使うとは……なんとも贅沢な照明だ」


 煌々と灯る天井のライトを見て、ジェリコは感慨深げにつぶやいた。


「これが新市街にも供給できれば、すこしは民の生活も楽になるのですが……」


 一転、王子の顔は深刻なものとなり、眉間に深いしわを刻んだ。


「そう思い、新市街地へと地下を掘り進んでいるんですが、いまだ“人民街”にも届いていないという状況です。圧倒的に人手が足りていませんし、ましてや戦時中ですのでね」


「なるほどね。いまや惑星カスパールの井戸とまでいわれ、次世代エネルギー産業の旗手を担っている国家の、それが実情というわけか。王は肥え太り、民はやせ衰えていく。本来なら享受されるべきこの景気の恩恵を、国民はなにひとつ与えられていないと?」


 王子は怒りに震えながら、大きくうなずいた。

 ひとしきり内情を理解すると、ジェリコの興味は王子ではなく、その隣に立つ寡黙な巨漢兵士のほうへと移る。


「で、さっきから気になっていたんですが、そちらの体格ガタイのいい紳士は? 見た目といい、立ち居振る舞いといい、とても素人ゲリラ兵には見えないんですけど」


 すると王子も表情を切り替え、ジェリコの観察眼に感嘆を送る。


「さすがは 専門家ジャーナリスト ですね、よく観ている。彼は“鉄壁ウォール”軍曹、我が軍の戦闘インストラクターとして民間企業から派遣されてきたプロの傭兵です。数名の部下と共にこのダハールへと入りました」


「戦争請負業?」


「そう。依頼人は我々ではなく、国外のシンパですけどね。匿名ではありますが、百大王家と対立する組織なのだろうと思います。こういう駆け引きはあまり好きではありませんが、戦闘に関して彼らはプロだ。いまはありがたく助力を請うています。実際に戦闘を指揮しているのも、実は彼なんですよ」


「なるほどね。お互い背に腹はかえられないというわけだ」


「その通り」


 自嘲的ではあるが、王子はジェリコとの共感に笑みをもらす。まるで悪巧みを見透かされた時の、友人との会話のようだった。


「“O157パンデミック”か」


 ジェリコがウォールの持つ小銃を見て、一言つぶやいた。すると寡黙な男が、ぎろりと彼を一瞥して、重い口を開く。すきっ腹に響くかなりの重低音である。


「なにか問題でも」


「いんや、いい銃だ」


 ふんと鼻を鳴らし、ウォールは再び沈黙を続けた。


「ところでジェリコさん」


「ジェリコでいいよ」


 と気さくにジェリコ。


「では私のこともユギトと。ジャーナリストの目から見て、この戦局をどう思いますか? 率直な意見が聞きたい。私はその……間違っているだろうか……」


 テストの答案が返ってくるのを落ち着かない様子で待ちわびる子供のように、ユギトは訊ねた。採点をするのは教師ではなく「世界」である。緊張するなというほうが無理だろう。

 ジェリコは淡々とした様子で口を開く。


「国外メディアの半分は、あんたの戦争を『正義の戦い』だと報道している」


「おおっ!」


「しかしもう半分は、王権に仇成す不届き者だと。仮にあんたらがこの戦争に勝利して、現政府を打倒したとしても、百大王家はあんたを“王”とは認めないだろう。それどころか今度こそ、奴らは本気でこの国を獲りにくる。そうなれば、連邦だって黙っちゃいない。全軍率いて本星バルタから出てくるだろうな」


「…………」


「それにニグレスカ砂漠の天然資源カスパニウムを狙っているのは、なにも王族と連邦だけじゃあない。世界中の国家が、色めきだって参戦してくるだろう。戦争終結後に、すこしでも自国に有利な条件で勝戦国と調印できるようにな」


 ユギトは黙したままだった。


「世界規模の大戦となる」


 ジェリコの無慈悲な発言は、ユギトを驚愕させるには充分過ぎた。まるで悪魔でも見るかのように、怯えきった目をしている。


「最悪の話をしている、なにもそんなに恐がることはない。それにほとんどの世論はあんたの味方さ。弱者のために権威に立ち向かった『反骨の象徴』、それがいまユギトレス・ラッダハートに抱いている大衆のイメージさ」


 さすがに酷だと思ったか、ジェリコが気をまわしフォローする。しかしそれもまたお世辞ではない事実であるし、実際会ってみてジェリコもその印象を強めた。だが、


「いや……」


 ユギトの表情にかかるかげりは、晴れるばかりかより一層色合いを強める。


「どうした?」


「私はそれほど高潔な男ではない」


 ユギトの雰囲気が突然変わる。それは戦争の重圧に押しつぶされそうな表情でも、民を憂う為政者としての顔でもなかった。ひとりの青年が、掴み切れない暗澹たる気持ちに苦悩するかのようなそれだ。


「すまないジェリコ、ちょっと考え事がしたい。今日はここまでにしてくれないか。色々と話が聞けて参考になった。楽しかったよ」


「あ? ああ、分かった」


 取り立てて急ぐ必要もない。ジェリコに彼の提案を断る理由はなかった。


「ウィニーに部屋を案内させよう。今日はもう遅いから泊まっていってくれ。砂漠の夜は寒いからな。油断していると命取りになる……」


 最後まで他人に気を遣う、王族には珍しいタイプの好青年だった。ジェリコが反乱の指導者に抱いていたイメージとも、遠くかけ離れている。精悍な男ではあるが、タフという印象ではない。とても実の父に弓引くような、凶状持ちとも思えないのだが……。


 様々な憶測が、ジェリコの胸裡に渦巻いた。やがてウィニーが彼を呼びにくる。

 会談は終わった。


〈つづく〉


























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