act.7 [反乱軍アジト/坑道にて]
[反乱軍アジト/坑道にて]
ユギトとの会談のあと、ジェリコはウィニーの案内で坑内を探索していた。ただ客室へと通されて、そこで朝までじっとしているのも面白くないと思ったからだ。
軍内部の男女比は、およそ九対一といったところで、圧倒的に女性の数が少ない。男性上位のニグ族の集団で、ウィニーのように家庭的な男が重宝がられるのも、容易にうなずける話だった。
反乱軍の士気は高い。すれ違う者、すべての顔に自信が満ち溢れていた。おそらく負けることなど微塵も考えていないのだろう。そうさせるのはきっと、あのユギトの“徳”の高さではないかとジェリコは推測する。
「あ。ウィニー!」
遠くのほうからコルトの声がした。トンネル状のアジトのさらに奥、その先にうっすらと外の景色が確認できる。かつて鉱石採掘の資材搬入口とされた場所ではないだろうか。
「姫様! こんなところにいたんですか? 殿下がご心配されてましたよ!」
駆け出すウィニーを追って、ジェリコはトボトボと後ろからついていく。
二人はド派手なオレンジ色に塗装された、戦車の隣でいい合っていた。戦車とはいっても車輪部分が履帯ではなく、左右対になった六個の球状車輪だ。そのうえに、砲台を備えた車体が乗っているという特異な構造である。
「いいのよ兄様のことなんか! どうせ私のことなんとも思ってないんだから!」
「そんなことありませんよ。いつもお気に掛けていらっしゃいます。たった二人のご兄妹じゃないですか」
「う……まあね」
「じゃあ、あとで謝りに行きましょう。僕もお付き合いしますから」
そんな青臭い掛け合いを無視して、ジェリコは戦車の足元で作業をしているグロックに興味を持った。操縦室の
ジェリコは戦車を見ていった。
「“
「うん。くわしいね」
「ま、一応
二人は気が合ったようで、不思議な笑みを交わす。他者には理解できない、好事家達だけのあれである。
「ちょっと、
「“
「そ。敗走した国王軍が乗り捨てていった
いじわるな表情をコルトは見せた。ジェリコはやれやれといった表情で。
「ああ、毒気でダシを取ったみたいに、いい味が出ているよ。それにしてもなんだこの色は。いくら砂漠地帯とはいえ、オレンジでは目立ち過ぎるだろう」
「いいのよ。
「それは姫様が乗ってるのを知っているからで」
「おだまりウィニー!」
折角いいことをいったつもりだったのに水を差されて、コルトは不満顔だ。色々と破天荒なところはあるが、芯はしっかりしていて、こちらも立派な王族だった。そんな風にジェリコが彼女のことを値踏みしていると、背中にもたれていた戦車の球状車輪が左右に動き出した。
「おおおっ?」
慌てて飛びのいたジェリコを見て、グロックがいう。
「おどろいた?」
「“概念通信”か。この戦車、手放しで操縦できるように改造したのか?」
コクコクと、グロックは機械的に首を振る。
「やるじゃねえか。これなら戦車の扱いに慣れていない人間でも、直感的に操縦することができる。まあベテランのような精密な動きというわけにはいかないが、それでも戦力としては充分だろう」
するとウィニーが、おどおどとジェリコに質問した。
「でも電脳化が必要ですよね」
「ああ、まあそりゃそうだが、今時電脳化くらい誰だってしているだろう。法律上、七歳から頭内に“
するとコルトが腕組みして。
「ニグ族の人間は、電脳化してないの。宗教上の理由でね」
とジェリコの主張に反論した。
「戒律がどうとかいってた割には、そういうのには従うんだな」
「それとこれとは話は別よ。頭の中に機械を埋め込むなんて気持ちが悪いわ。それに皆いつかは廃人になっちゃうんでしょ?」
「“
いいながらジェリコは、戦車のボディにぽんぽんと触れた。
「安心しろよ、オカルトでもあるまいし、他人の精神を乗っ取ることなんかできないさ」
「でも」
「デジタルドラッグ、いわゆる“デジドラ”は、特定人物の嗜好に合せてあらかじめプログラムされた、脳の伝達物質をコントロールする指令を外部から出すものだ。それにより行動を伴わない恍惚感や、多幸感が刺激され快楽を得るって代物で、確かにやり過ぎれば、脳内麻薬の過剰摂取で物理的に脳がもたないってのは事実だ」
「ほらやっぱり」
コルトは露骨に顔をしかめた。
「ただし、デジドラは国際法で規制されている。結果はあくまでも自己責任だ。なんだって度を越せば身体を壊す、そうだろ?」
「まあ、そうね」
「だったら、電脳化もそれほど恐れるものではない。それに間違いなく便利だ」
「そうかも知れないけど……、ゴメン。やっぱりまだ理解できないわ」
コルトは悩ましげに首を振った。本当に判断がつかないといった風だ。
「別に強要はしないさ。電脳化は義務じゃない。……となると、どうして
そういってジェリコはグロックの首辺りを入念に調べた。がりがりに痩せてはいるが、電脳モジュールにも“
「グロックは元々この国の生まれではないの。人買いによって外国から連れてこられたのよ」
「ああ、それで」
ジェリコは得心する。
「悲しいけど、砂漠では人身売買がビジネスとして認められているわ。奴隷として仕えるにしても、電脳化してないと不便だから売れないの」
「まあそうだろうな」
「グロックは人買い達の目を盗んで、逃げることができたらしいの。その後はラッダハート中をさまよって路上で暮らして。それから旧市街での戦闘が始まり、私達は出会ったのよ」
「ほー、のほほんとしてやがるが、意外と苦労してんだな坊主」
ジェリコはグロックの頭をぐりぐりと揉んだ。「あうー」とあえぎながらも、別段拒否するわけでもなくグロックはされるがままになっている。
「それからあんた、まだひとつ間違えてることあるよ」
コルトは、グロックとじゃれ合うジェリコに向かって言った。ジェリコはなんだろうと眉根を寄せ、グロックに遊びで
「さっきから坊主、坊主って呼んでるけど、グロックは女の子だよ」
「マジでっ?」
びっくりして慌てて技を解き、ジェリコはグロックの顔をよおく確認した。頬を両手で挟み込み、上下左右に傾けて見る。どこぞの鑑定家が、壷でも値踏みしているかのようだ。一方のグロックはこれまたやられ放題。「あうあう」と不思議な声は上げるものの、嫌がろうとはしなかった。
「いやぁ、今日は色々と話を聞けたが、それが一番驚いたわ」
苦笑交じりにジェリコは子供達を見回した。殺伐とした紛争地帯に、ひと時の平和な時間が流れる。明日は分からない命。その日その日が大切だった。
彼らは戦場の子供達だ。その意味をよく知っている。
〈つづく〉
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