act.8 [ギコア人民街/回商会ダハール支店]

[ギコア人民街/ホイ商会ダハール支店]


 戦地を除けば、とても穏やかな砂漠の都市であるダハールのなかにあって、ハイソな異国情緒もへったくれもない下品な喧騒にまみれた外国人街があった。


 通称ギコア人民街――。

 正式名称は「全宇宙のギコア人民によるギコア人民的文化圏の拡大、及び協力の、包括的互助組織にしてギコア人民の国外における安全地域を確保するためのギコア人民特区」であるが、無駄に長ったらしいのと、そもそも正式名称があることにこだわっているのがギコア人だけなので、誰もそう呼ばない。

 通常、さらに省略されて“人民街”とだけ呼ばれている。


 セキュリティゲートを兼ねる、朱塗りの門をくぐればそこはもう治外法権。この国の王といえども容易には近づくことができない、ギコア人による独立自治区だ。そこではギコア人によるあらゆる商売が黙認され、人的にも物的にも、その土地の法律に流通が制限されない。


 ゆえに犯罪の温床ともなっているが、世界中のどこにでも、この“人民街”は存在する。それはなぜか。なぜなら彼らギコア人が、“人民街”で稼いだ売り上げのおよそ三割を、その土地の支配者層へと上納しているからである。


 途上国であるほど、その金額は馬鹿にできるものではなく、国により年間の国内総生産GDPを上回る場合すらあるのだ。また、先進国においても彼らのみかじめ料は非常に友好視されていた。その恩恵にあずかるものが、次の大統領になるといわれているとかいないとか。


 華やいだというよりも、やたらうるさい街並みは常に人でごった返している。店舗はすべてギコア人のテリトリーだが、客層はまさに人種のるつぼであった。


 商人、金持ち、ヤクザ者。裏の世界に精通する者から、ひやかしの一般客まで様々だが、容易に人を近づけさせない、さらにディープな区画があった。そこは“人民街”でも、もっとも瘴気の濃いところ。すねに傷を持つ人種が出入りする、黒社会の入り口だ。

 昼間でも陽の差さないような暗い路地裏、丁度そんなところにホイ商会はある。


「ジェリコさん、お待ちしてたヨ。話は弟から全部聞いているネ、ワタシのサポートがあれば完全無欠ヨ。泥舟に乗ったつもりで安心するよろし」


 現れたのは、バレットと瓜二つのギコア人だった。カウンターにはまり込んで身動きが取れないような、なまずヒゲのガマガエルで、ジェリコを見つけると愛想のいい笑顔を浮かべた。

 ジェリコは驚きよりむしろ、妙に納得してしまう。


「泥舟じゃ困るんだけどね」


「あいや冗談ヨ。“概念通信”の拡張機能で、弟と記憶の共有をしているが、実際会ってみてあらためて納得したある。ジェリコさんはやっぱりユーモアのセンスがないあるナ」


「『ない』のか『ある』のかハッキリしてくれ」


「おお! これは一本取られたヨ、気に入ったネ」


 まんざらウソでもないようだ。バレット(兄)はツボにはまっている。

 しかし、こんなのに付き合っていたら日が暮れる、そう思ったジェリコはカウンターに身を乗り出して、すかさず話を切り出した。


「そいつはどーも。で、ブツは届いてるか?」


「当然ネ。安心安全、即日配達。謹賀新年、焼肉定食ヨ」


「もうツッコむのもめんどくせえ」


 どうやらバレット本人として接してよさそうだった。


 彼は猛烈な勢いで手先を動かし、キーボードを操作していく。するとカウンター横のベルトコンベアで、店の奥から黒いプラスティック製のケースが運ばれてきた。


 それをそっと持ち上げ、ジェリコは中身を確認する。そこには彼の愛用の拳銃と、種類の違うナイフが数本収められていた。ジェリコはケースから拳銃を取り出すと、その場でおもむろに動作チェックを始めた。


「“ゴールド・メーカー”、サジタリウス社製Sgr7のカスタムモデルあるナ。バレルを延長し、スライドロック機構を追加したことで減音器サプレッサー の装着を可能にしたネ」


「まだある。サイトを大型化したことで、サプレッサー装着時でも光学式照準ポインターなしのエイミングが可能だ。またコッキングの操作性と、ハンマーダウン速度を確保するためにサードパーティのリングハンマーを採用している。それから誤動作を防ぐために、マガジンキャッチを」


「分かったある。ジェリコさんの武器オタクっぷりは噂以上ネ。全部の説明を聞いていたら、まったく日が暮れてしまうヨ」


 バレットは眉根を寄せて、辟易とした声を出した。


「確かにいい銃だけど、出国するたびに密輸していたら経費が掛かり過ぎないカ? 現地調達したほうが、よっぽどお得ヨ。いまならもっと軽くて扱いやすい武器がいっぱいあるある、ワタシが格安で調達するから、今度からそうするよろし」


 するとジェリコはこういった。


「いやぁ、やめとくよ」


「なぜある?」


「武器ってのは、多少は重たくても信頼できるほうがいい。それにどうせ命を預けるなら、やっぱり手に馴染んだ奴が一番だ」


 銃爪を引く。カチンとハンマーの下りる音がした。


「そんなもんかネ」


「そんなもんさ。……どうやら運搬中に、変なクセはつけられていないようだ」


 一通りチェックの終えた拳銃を、いつものようにズボンの腰裏に挿し込んでジェリコがいう。

 バレットはすこし憤慨したように返答した。


「当然ネ。ホイ商会は信頼第一ヨ。どこよりも、確実で安全に銃器を提供するある。ま、多少の値は張るあるが、お客様満足度は毎年一位ヨ」


「それどこ調べだよ」


「ギコア人民通信」


「胡散臭さ満載だな」


 辟易とするジェリコをよそに、バレットは“電子演算装置ニューロウェア”を操作していた。弟のほうが使っていた物と、やはり同じタイプのようだ。


「おや? ジェリコさん宛てにもうひとつ荷物が届いてるネ」


 バレットはモニター画面を確認しながら、ジェリコにそう告げた。


「なに?」


 身に覚えがない。ジェリコは露骨に怪しんだ。


「ちょっと待つよろし、いまコンベアが運んでくるヨ」


 そうして運ばれてきたのは小さな木箱だった。途中まで正規ルートで届いたらしく、箱には検疫の札が複数貼ってある。


「差出人の名は、セルゲイ・ドラグノフとなっているネ」


 バレットはこともなげそういった。


「葉巻か……大佐の野郎、とことん嫌味な奴だ」


 木箱を見て、ジェリコはあまりの嫌悪に眉を尖らせた。


「ペレ産あるカ? 一本いいかネ?」


 バレットの催促に「勝手にしてくれ」とジェリコは答える。

 店内に独特な甘い香りが充満した。ガマガエルは恍惚とした表情である。


「うまいネ」


「さいですか」


「さすがは惑星メルキオレの肥沃な大地が生み出した天然物ある。この芳醇な味わいと、舌のうえを踊るような煙のまろやかさ。巻きの仕事も丁寧ネ、まるでベルベットの口当たりヨ」


「随分と饒舌だな」


 自分のことを棚に置いてジェリコがボヤく。するとバレットは、上機嫌でカウンターの下へと手を伸ばした。


「このお礼にジェリコさん、いい物あげるヨ」


「あ?」


 差し出されたバレットの手のひらには、一台の携帯電話は乗っていた。


惑星間通信C・ネット用の端末を壊してしまったと聞いたネ。これは普通のケータイあるが、持ってないよりは全然マシヨ」


 気のいい笑顔に、ジェリコは久しぶりの安堵感を得る。兄弟というよりは、まるで記憶と経験を共有する、複製人間クローンを見ているかのようだった。


「ああ、すまねえな。借りとくわ」


 自分の携帯端末は、大佐の追尾を振り切るため破壊した。ジェリコは素直に、バレットの厚意を受けることにした。受け取ったケータイを、ジャケットの懐に入れる。


「で、これからどうするあるカ? 国ごと横取りするなんて正気の沙汰じゃあないあるヨ。下手すれば世界中から、おたずね者ネ」


「下手しなくても、すでにそうなんだよ。大佐に弱みを握られてる。もうダメもとでやるしかねえ。方法としてはいくつかあるが、どれもいまんとこ机上の空論だ」


「たとえばどうするネ?」


「共倒れを狙う。国王も反乱軍もいなくなりゃ、あとは勝手に連邦を名乗って暫定政府を打ち立てればいい。同じこと考えてる第三国が、とっくに密偵を送り込んできている可能性もあるが、そいつらは俺が始末すればいいだけの話だしな」


「共倒れとはまた豪快あるナ。でも具体的にはどうやるのヨ」


「まず、あんたから大量の武器と兵器を買う。それを両軍にばら撒いて、一気に戦争を終わらせるんだ。おそらく両陣営とも疲弊した状態で最終局面を迎えるだろうから、そこを俺が全員叩く」


「おお」


「だがこれには大きな問題がある。最終局面の残存兵力を誰も計算できないからだ。そんなことができるのは神しかいないからな。下手に両軍の兵力を増強して、結局どちらも倒れませんでしたでは話にならんし、最終的に俺が勝てないのでは意味がない」


「なるほどネ」


「ではどちらか一方だけに武器を与え、圧倒的な武力でもって戦争を終わらせてしまうのはどうだろう。しかしそれだと、俺の付け入る隙がない。どちらを勝たせてもいけないんだ。あくまでも勝利者のいないまま紛争を終結させ、連邦が介入する橋頭堡きょうとうほを築かなくては」


 ジェリコは苦悩しつつ腕を組む。

 しばらく「うーん」と低い唸り声を上げていたが、再び口を開き始めた。


「たとえば反乱軍に戦争の仕方を教えてやって、国王軍を旧市街地へと閉じ込める。その隙に俺が宮殿へと忍び込み、国王を暗殺してくるっていうのはどうだ?」


 もし誰かに聞かれていたら大変になるようなことを、さらっという。


「そのあと結局、王子様に倒されるのを待つだけネ」


「そうなんだよなー。それだと俺が悪の権化ラスボスみたいになるだけなんだよ。だから、いっそのこと王妃を誘拐するってのはどうかな」


「はい?」


「王妃を誘拐して、内戦の即時停止を求めるんだ。それから両軍の代表者では信用ならんからと、交渉窓口に第三国である連邦を指定する。あとは混乱のうやむやに乗じて、なし崩し的に連邦の政治介入を合法化させてしまうんだ」


「それはちょっと……ジェリコさん誘拐犯あるヨ?」


「ああ、名もなき憂国の戦士とでもいっとけば、どこぞのテロリストだと思わせることができるだろう。あくまでも『善意の第三者』が戦争の終結を望むんだ。世間の目には、連邦政府が正義の使者のように映るだろうな」


「しかしそれは、いくらなんでも穏やかじゃないある」


「まあな。宮殿の警備もそこまで手薄じゃないだろうし、それにうまく王妃を連れ出せたとしても、国王と王子がこちらの要求に乗ってこなければ話にならん。いくら犯人の要求だとしても連邦が動けば、百大王家も黙っちゃいないだろうし……、だから机上の空論なんだ。色々と問題がある」


「なんだ空想あるカ、本気でやるかと思ってびっくりしたヨ」


 葉巻をすぱすぱ、バレットがほっと胸をなでおろした。


「しかし、停戦条約を結ばせるというのはいいな。誰も苦しまん」


 イスにうなだれ天井を見上げていたジェリコが、ポツリとこぼした。


「それはそうあるが、そんなにうまくいくかネ?」


「……この国の王は、王妃にベタ惚れらしいな」


「は? まあそうあるナ、噂じゃかなりの美人のようだしネ」


「この際、容姿は別にどうでもいいんだ。もし国王が王妃の話を聞き入れるようなら、彼女に接触して、王を説き伏せてもらうようにするわけにはいかないかな。これなら宮殿に忍び込むだけでいい。色々と工作する手間が省ける」


「しかしただ戦争が終わるだけでは『横取り』とは言わないネ。それだと大佐との契約がおじゃんになってしまうヨ」


「確かにその通り。だから俺は、調停役としてその場に参加して、元老院の条件に一筆盛り込むつもりだ。『選出には貴賎の別を問わず』とな。そうすれば王室とは独立した政府作りができるだろう。王子を中心とした議会だ。そこに各国からの有識者を招いて、法案作りをしていけば、連邦の介入だと王室に気付かれることなく両政府にパイプを作ることができる」


「王室が黙ってるとは思えないある」


「王室には適当な権限を与えて、それから百大王家にも充分な外交条件を出しておけばおとなしくしているさ。奴らのプライドをくすぐるんだ。こちらがへりくだっていさえすれば、あれほど御しやすい連中もいない」


「真実とはいえ、言葉にトゲを感じるネ」


 バレットは商人特有の下品な笑みを浮かべた。札束を数える時に見せるあれである。


「しかしジェリコさん、調停役はいいけど『あんた何様?』ていわれたらその計画お終いヨ」


 ずっといおうとしてたのか、いきなり核心をつく発言だった。

 だがジェリコは、それも解消済みの様子で。


「そのことなら大丈夫だ。肩書きなんていくらでも用意できる。国際法批准委員会の査察だとか、第三者の会の代表だとかな」


「まったくテキトーある。それでいままでよくやってこれたものネ」


「何事も『楽して最大の戦果を』だよ」


 にひひっと大きく歯を見せてジェリコが笑った。

 バレットの手元から、葉巻の灰がポロっと落ちる。静まり返った店内に、遠く旧市街のほうから銃声の鳴り響く音が聞こえてきた。


〈つづく〉


























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