act.2 [砂漠/群石地帯]

[砂漠/群石地帯]


 一口に砂漠といっても、ただ延々と茫漠な砂地が広がっているわけじゃあない。

 起伏に富んだ丘陵と、風紋が織りなす広大な景色とがすぐに思い浮かぶが、実際にはゴツゴツとした岩場もあれば、土が表出しわずかながらに植物を自生させている場所もある。


 しかしこの照りつける太陽。日中四十度を超す激しい熱波も、夜にはぐっと低くなり。冬にもなると、最低気温が氷点下にまで落ち込むという過酷な環境であることには間違いない。


 それでも土地の生物達は、環境にもめげずしたたかに生きる。

 限られた水分を独自の術で確保し、未来へと自分の命をつないでいるのだ。


『緊急事態発生! 至急パトロール隊の出動を請う! 賊に積荷を強奪された! 繰り返す、賊に積荷を強奪された!』


 一匹のトカゲが、刺すような陽射しを避けるために岩場の影へと隠れると、そこにはもう先客がいた。小型の航砂船こうさせんに乗る二人組の男達。ひとりは双眼鏡を手に、もうひとりは裸眼だが左目を閉じて広大な砂漠の地平線に見入っていた。


「いまの聞いたカ、ジェリコさん。面白いほど、あなたの読み通りヨ」


 双眼鏡を握る、なまずヒゲを生やしたガマガエルのような男がいった。航砂船の無線機からは、先ほどから必死の様相で、砂上パトロールへの緊急応援要請が連呼されている。


砂漠ここらは岩場も多い。ちょいと喫水の深い輸送船となると、通れる航路も限られてくるからな。岩礁を避けて国境を抜けるとなると、まずこのルートしかねえ。そうとなりゃ賊どもが仕掛けてくるポイントもおのずと見えてくるってこと」


「まさに蛇の道は蛇ってとこネ」


「まあな。ほぉ~れバレット、見えてきたぜ。北に二キロ先だ。ありゃ小型の高速艇だな。乗組員は……甲板に見えてる奴が三人。運転手が一、見張りが一として都合五人か?」


 ジェリコが砂漠の彼方を見つめながら、こともなげにそういった。


「どこ? どこにいるカ? ワタシ全然わかんないヨ」


 バレットが双眼鏡を左右に振り、慌てて目的の船を探そうとする。しかし広大な砂漠、しかもちらほらと岩場に視界を制限されるこの場所で、たった一隻のそれも高速移動する盗賊の航砂船を見つけるなど、まるで至難の業だった。するとバレットは相棒のジェリコの顔を見上げて。


「さすがギコア人の作った “義眼レイヴン・アイ” あるナ。望遠、暗視、熱感知サーマルビジョン、なんでもござれヨ。この際いっそのこと、左目も義眼にしないカ? そうすればわざわざ片目つむる必要もなくなるある」


「するか馬鹿。健康な目ン玉抉ってまで取り替えるような代物かよ、片目で充分だっつーの」


 座席のうえに立ち、腕組みしていたジェリコが憤慨する。


「冗談ヨ、本気にするは良くないネ」


 けらけらと下品に笑うバレットに、ジェリコは露骨な表情を見せた。


「それからレイヴン・アイその名前はやめいっ。狙い過ぎてて、こっちが恥ずかしいわ」


 ビシィっと指を突き付ける。


「そんな悲しいこといわないでヨ。これ、ジェリコさんにピッタリの名前。すでに商標登録も済ませてあるネ、諦めるよろし。で、それからホント盗賊の船どこあるカ? これじゃあ日が暮れてしまうヨ」


 するとジェリコはふてくされたような顔をしながらも、自らのうなじに手を伸ばした。


 首の付け根あたりには、外科手術で人工的に移植した電脳モジュールが付いている。普段は襟足に隠れているので目立たないが、グレーがかった彼の髪を持ち上げると、そこに人肌に整形されたプラグ・ジャック接続端子が露になった。


 ジェリコはプラグのひとつを摘んで、体内に内蔵された通信ケーブルを引き伸ばした。


 極細でありながらもしっかりとした強度を持ち、なおかつ大容量通信にも対応という優れモノ。それをバレットの背中にどっしりと張り付いている、旧型の電脳モジュールへと接続する。


「なるほど“概念通信”という手があったネ。……お! いたいた! 見つけたあるヨ!」


「教えてもらったの間違いだろうが」


 子供のようにはしゃぐバレットに釘を刺し、ジェリコは航砂船の後部座席へとまわる。そこには分厚い幌で覆われた、胸ほどの高さのなにかがある。


「あいや、それはいわない約束ヨ~」


 とバレット。背中から、ジェリコの通信ケーブルを外す。ケーブルはひゅるひゅると弧を描いて自動で彼のもとへ巻き戻った。二人の視界にはいま、砂塵を巻き上げて砂漠を航行する、一隻の高速艇の姿がある。


「さあ行こうぜバレット! さっさと一仕事終わらせようや!」


 ジェリコは勢いよく後部座席の幌を剥ぎ取った。現れたのは銃座である。上下左右に転回する機関銃と、それに連なる数珠つなぎの弾丸が鈍く光った。


 彼らの航砂船は音もなく加速していく。

 一方、トカゲはひっそりとお昼寝タイムを継続中である。


 バレットの操縦する航砂船は、数分後には盗賊の高速艇に追いついていた。


 絶妙な距離を取り併走してくる彼らに、盗賊達の警戒も遅れる。二人の航砂船が銃器を搭載していることに気が付いたのは、ジェリコが機関銃のハンドルに手を掛けたあとだった。


「いったれやぁああああああ!」


 トリガーハッピーという言葉があるが、いまのジェリコがまさにそれだった。

 バレットの巧みな操船も相まって、銃弾は盗賊の高速艇を舐めるように蹂躙していった。船体側面には無数の穴が穿たれ、照明などの補器類は軒並み吹き飛んでいく。


 盗賊達は叫び声を上げながらも、甲板に身を伏せて弾を回避している。船は次第にその速度を落としていったが、乗組員は全員無事のようだった。


 銃火がやむ。二人の航砂船は一旦、盗賊達の船を追い越していった。


 唖然とする盗賊達であったが、ようやく自分達が襲撃を受けていることを認識して、慌てて防御態勢を取った。しかしさっきの先制攻撃で、すでに盾になりそうな補器類はすべて破壊されてしまっている。


 甲板に怒号と罵声が飛び交い、盗賊達は混乱を極める。「あれはなんだ?」「一体どうなっている?」しかしそれでもジェリコの銃撃は待ってくれない。


 二人の航砂船が反転して、盗賊達のほうへと引き返してくる。今度は正面からの機銃攻撃。ダラララララーっと鳴り響く絶え間ない音と光の暴力は、大の悪党どもを怯えさせるには充分過ぎる威力だった。


「うわぁっ! うわああ!」


 ひとり、またひとりと盗賊達がジェリコの連射する機関銃の餌食になった。目の前で弾け飛ぶ仲間の血しぶきを浴びながら、甲板に残された最後の盗賊は腰を抜かして座り込んだ。


「よっと」


 すれ違いざま。ジェリコは自分達の航砂船から、盗賊達の高速艇へと飛び移った。軽やかな足取りで、静かに甲板へと舞い降りる。


「くるなっ! くるなああああ!」


 腰を抜かして座り込んでいた盗賊のひとりが、ジェリコに対して小銃ライフルを構える。しかし、弾が出ない。焦りながら滝のように膨大な脂汗をかく彼に、ジェリコはツカツカと無防備なまでに近づいていった。


「セイフティが掛かったままだ。盗賊のクセして律儀な奴だぜ。それとも軍人プロあがりか?」


 構えた銃口の先にあるフラッシュハイダーを正面から蹴りつけて、怯える盗賊のみぞおちにライフルの銃床ストックをめり込ませた。悶絶する彼の胸倉を掴み問答無用で引き起こすのだが、ジェリコの表情はさもそれが普通であるかのように、とてものほほんとしている。


「お前らさっき、輸送船襲ったな?」


「な、なんの話だ……」


「よこせや」


「はああっ? あ、あんたパトロールの人間じゃないのかよっ!」


 盗賊はジェリコの言葉に当惑する。シラを切ろうとした彼のほうがまだ常識的だ。


「失礼な。なんであんなメンドくさい奴らと間違われにゃあならんのだ。非常に不愉快だ」


 ジェリコは掴んだ彼の身体を振り回して、まるで背負うようなカタチで下に潜り込んだ。その直後、狂乱した叫び声と共に、彼らに銃弾が襲い掛かった。


「ぐあっ」


 弾のすべてはジェリコの背負った盗賊に当たって止まる。ジェリコはいたって無傷であった。次第に身体の緊張がなくなる盗賊を盾にしながら、ジェリコは彼が持っていた小銃を手にする。しっかりとセイフティを解除して、相手の弾切れを待った。そして、


「よいしょーい」


 フルオートで全弾開放。適当な片手撃ちだったが、それで充分だった。彼を襲った刺客は、反撃の余地もなく崩れ落ちる。真っ白な民族服が、みるみるうちに赤く染まった。


「この銃いいなぁ。一本拾ってバレットに売るかあ」


 弾倉マガジンを取り外して、ジェリコがライフルを値踏みする。


 先ほどの男は、どうやら運転室から出てきたようだった。先制攻撃の機関銃掃射で窓ガラスが割れており、ジェリコの隙を窺ってそちらから這い出てきたのだ。しかし実際には隙などなく、瞬殺で返り討ちにされてしまったのだが。


 ジェリコはライフルを一旦足元へと置き、まだ呻いている盗賊のひとりを引き起こした。最初の銃撃で真っ先に倒れた男である。わざと息ができる程度にダメージを与えたのなら、撃った奴は相当な人でなしだ。


「おーい、生きてんだろ? さっさと積荷ブツよこせよ」


 先ほどと同じく、平然とした口調で盗賊に訊ねた。


「あ、あんた……一体……」


 するとジェリコは、ズボンの腰裏に挿し込んでジャケット下に隠し持っていた拳銃を取り出し、それを盗賊に見せた。


「ご存知“横取り屋インターセプター”でござい」


「その拳銃! 銃把グリップのメダリオン……“灰色鴉はいいろがらす”か!」


「ご名答」


 半死の男は、ジェリコが握る拳銃の銃把に刻まれたメダリオンのデザインを見て驚愕した。熱砂にゆがむ、一羽の鈍色カラス。獲物を見つけた高揚に、翼を広げているかのようだ。男は諦めたようにガックリと肩を落とし、そっと船尾のほうへ指を向けた。


 ジェリコは男に銃口を突き付けたまま、そちらへと視線を送る。だが船尾には、船底部へと降りる階段もなければ、積荷を隠しておけるような船室もない。そこにはただ巻き上げられた錨と、が置いてあるだけだった。


「掛かったな! 死――」


「掛かってねえって」


 ジェリコは視線を船尾に向けたまま銃を撃った。狙いはさっきまで脅していた男ではなく、運転席に隠れていた伏兵だ。割れた窓から甲板の様子をじっと窺い、ジェリコに脅迫を受けていた男と連携を取っていたのである。しかしそんな作戦も、彼の前ではうたかたと消えた。


「義賊の真似事か! さぞ気分がいいだろうな!」


 半死の男は悔し紛れにそういった。するとジェリコはさも面倒臭そうにして、


「馬鹿が。奪ったブツは全部俺のもんだ。盗賊おまえらなんぞに襲撃されたマヌケのことなど誰が知るか」


 といった。これにはさすがの盗賊も、自らの立場も忘れて激昂する。


「なんだとぉ?」


「『楽して最大の戦果を』が俺のモットーだ。綿密な計画を立てて事に及ぶよりも、お前らみたいな小悪党の上前をハネるほうが、はるかに合理的だろ?」


「げ、外道……」


「なんとでもいってくれ。気が変わった。ライフルをもらっていく代わりに、お前は生かしておいてやる。元気が残っているのなら、パトがくる前にずらかるんだな」


 そういい残してジェリコは運転室へと消えていった。


 いつの間にかバレットも甲板へと乗り込んでいた、自分達の航砂船を横付けにして。板を渡し、次々と積荷を運んでいく。食料、水、現金。砂上で生活するうえで重要な、様々な物資の数々。彼らの航砂船には到底全部は納まり切らない。残った物は、このあとにくるだろう砂上パトロールへのおすそ分け。


 積載重量のオーバーで、かすかに喫水線が上昇する。それでも二人が悠々と、砂上パトロールが到着する前にこの場を去るには、充分過ぎるスピードが出た。


〈つづく〉


























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