act.16 [反乱軍アジト/特設救護室]

[反乱軍アジト/特設救護室]


 どこからか野犬の遠吠えが聞こえた。一体なにがあったというのか、身を切られるような寂しさが感じられる。それはまるでいまのジェリコの気持ちを代弁するかのよう。なにひとつ得ることができなかった負け犬のそれ。


 なにをもって勝ち負けとするかが、もはや曖昧な戦場であったことは間違いない。しかし結果として大敗を喫した彼らは、ダハール旧市街のアジトへと引きこもり、めいめい傷ついた身体の手当てなどしていた。しかし皆、比較的軽症である。打ち身や切り傷など、大掛かりな施術が必要になる負傷者などはいない。


 それもそのはず、重傷者は戦場に置いてきた。非情だが戦時下ではそれが正しい。重傷者をかばうことで、まだ動ける者まで負担を強いる。ならば、残酷なようでも彼らは切り捨てるべきだった。より多くの命を残すために――。


 ジェリコは部屋の片隅で、尋常ではないくらい凶悪な形相をして床を見つめていた。屈強の戦士達が、こぞって近づくのをためらうほどに。そこに普段からおどおどとしている、空気を読まないウィニーがやってきた。手には冷たい水で湿らせた、絞ったタオルが握られている。


「ジェリコさん、あの、これ使ってください。お顔の腫れに効きますから」


 どこかでぶつけたのか、ジェリコの目元には腫れがある。


「あ……」


 だが彼はウィニーの手を払いのけて、その場から立ち去ろうとする。


「待ちたまえ!」


 それを、コルトから手当てを受けていたユギトが見咎めた。


「加勢してくれたことには感謝する、だがなぜだ。なぜ君はあんなところにいたのだ? しかもティム――母上とお会いしたというのは一体どういうことだ。場合によっては、たとえ君だとて看過はできぬ!」


 するとジェリコも、苛立ちを隠さぬまま、剥き出しの感情を彼にぶつけた。


「取材だよ! 決まってるだろうが」


「取材だと? 一部の報道機関しか入場を認められていない王主催のパーティにか? 一体どうやって入った」


「そんなことはどうだっていいだろう、結局すべて貴様らのお陰でご破算だ! 無用な戦闘を避けるために、こっちは潜入工作スパイじみたことまでやったというのに、貴様らのあれはなんだ? 仮にも夜襲をかけるなら、敵の戦力くらいは完璧に把握しておけ! 特にユギト! お前は戦士としても指揮官としても最悪だ、お前のくだらんエゴのために、今日何人が死んだ? あんなものは奇襲とはいわん、無計画ノープラン組同士ヤクザの喧嘩と同じだ!」


 水を打ったように静まり返った急ごしらえの救護室。誰もが自責の念に苛まれ下をうつむくなかで、それでもコルトが皆をかばおうと必死に反論を試みる。


「そんないい方ないじゃない! ちょっと自分の仕事がダメになったくらいで、そんなに怒らないで! こっちは戦争やってんのよ? 奇麗事じゃすまないの!」


「怒ってねえよ馬鹿! ただ……ただ絶望しているんだよ、もうお前らに勝機はない。この戦争はじきに終わる。これ以上戦死者を出したくないのなら、早く撤退するか降伏しろ」


「ジェリコ、なにをいっているんだ?」


 突然のジェリコの憔悴に、ユギトは疑念を差し挟まずにはいられなかった。ジェリコは、部屋の出入口の壁にうなだれて、


国王軍やつらついにとんでもねえもんを呼び寄せた。正真正銘の化け物モンスターだ、奴には誰も勝てねえ……諦めて隊を解散するんだ。さもないと――死ぬぞ」


 血の混じる吐息を搾り出すように呻いた。


「君のいっているのは、襲撃の最後に現れたあの少女のことか? リボルバー式のショットガンとは確かに強力で珍しい武器を使っていたが、それほどの脅威とは」


「なにが少女なものか!」


 ジェリコは壁を殴りつける。


人類史上最悪の兵器リーサル・ウェポンにして、最凶の殺戮者だ。一言でいえば戦争の天才、今世紀に勃発した戦争の半数は、奴が作戦に関与している。いまは百大王家のひとつ、デカラビア王国の軍術指南をやっているらしいが、ついに前線まで出てきやがった!」


「一体何者なの?」


 コルトは訊ねた、それは純粋な好奇心から。

 他の兵士達は、いまだに状況すら把握できてはいない。


「かつてタイタン連邦政府が樹立される以前のオケアヌス共和国に、ひとつの特殊部隊があった。鳥の名を暗号名コードネームに持つ七名の精鋭で構成されたその部隊は、冷戦時の地域紛争に投入されて次々と戦果を上げていった。その時の隊長リーダーがあの女、ソフィア・ベネリだ。まるで戦場に流れた血をすべて吸い上げるかのように飛ぶその姿は、伝説の怪鳥“ガルーダ”の異名にたとえられた。断言する、もうお前らに勝ち目はない!」


 するとゲリラ兵の中にも、“ガルーダ”の名に反応する者がいたらしく、一気に動揺が広まる。口々に「まさか」「そんな馬鹿な」と連呼した。

 ジェリコは混乱を振り撒いて、その部屋を出る。


「あ、待ってよ!」


 コルトだけがそれを見咎め、去りゆく彼のあとを追った。


〈つづく〉



























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