act.15 [サンド・オーシャン号/襲撃さる]

[サンド・オーシャン号/襲撃さる]


 王妃を連れて最上階甲板の展望台バルコニーへとやってくると、サンド・オーシャン号の巨大な船体が、岩場の袋小路にはまり込んでいるのが分かった。回頭するスペースはおろか、浅い地盤に乗り上げられ身動きすら取れない。そこを狙って、切り立つテーブル状の断崖のうえから、戦車による砲撃を受けているのだ。


 砲火は二方向から浴びている。その一方には、ド派手なオレンジのペイントの施された、見覚えのある機体があった。


「あれはコルトの戦車ガバメント! なんちう露骨な砲撃かましやがるんだ、ということはすでに下では戦闘パーティの真っ最中か?」


 そういい放った瞬間、また“ガバメント”からの砲撃が第一甲板へと着弾した。揺れる船体に、おもわず展望台の手すりを掴む。


「パーティなら今頃、お隣のハブダビ王の独演会が始まってらっしゃいますわね」


「や、もうそういうのじゃないから」


 こういうところでボケをかますあたり、本当に大物だとジェリコは思う。拳銃から減音器サプレッサー を外しながら、王妃のことを藪睨やぶにらんだ。すると上空から甲板上の阿鼻叫喚とはまた違う、けたたましい騒音が聞こえてきた。見上げると、月影に浮かび上がる回転翼ローターの羽ばたきが。


「ヘリ? デカイな、輸送機か?」


 ジェリコがそういうやいなや、ヘリからは数本のロープが降りてきて、特殊装備に身を包んだ兵士達が、続々とサンド・オーシャン号の甲板へと降下してきた。その動きは完全に統制が取れており、各々のハンドサイン合図で散開し、見る間に甲板上を制圧していった。ニグ族の衣装を着ているゲリラ兵達が、あっという間に拘束されていく。


「おいおいおいおい! やべえな、プロじゃねえか! ほっといたらあいつら全滅するぞ」


 ヘリからの降下兵達が、船体の後部甲板から船内へと進入していくのをうえから見下ろし、ジェリコは苛立ちを隠すこともなく断言した。砲撃も徐々に、船体の中央へと集中してきている。戦場が混乱するのは必至だった。


「あいつら……? まさかユギトがきているのですか?」


 王妃は、驚きと恐怖の入り混じったような顔で訊いた。だが、いまはジェリコのほうに彼女をかまっている余裕などなかった。


「王妃、あんたはここを動くな! いま下に行ったら命が危ない。いいな、絶対にくるんじゃないぞ?」


 そういい残して、ジェリコは展望台の手すりにぶら下がって、階下の甲板まで飛び降りた。それを数回繰り返し、船体の外側から第一甲板を目指す。もはや隠密がどうのといっているような場合ではない。スピードこそが命である。


 第一甲板へと降下すると、船内区画への入り口で兵が見張りをしていた。さすがはプロ、反応がいい。ジェリコは見つかった途端に小銃の連射を浴びる。床を転がり、直撃を避け。緊急避難用のボートの陰へと身を隠した。


「あ~ぁ、手榴弾も持ってくるんだった。どうしてプロが出てくるかねぇ……、くそっ、人の仕事を増やしやがって、あの馬鹿王子!」


 ジェリコは野戦用ジャケットのジッパーを口元まで引き上げ、肌の露出を最小限に抑えた。そして弾丸の途切れに乗じ、一気に兵士のもとへと躍り出る。走りながらの射撃はけん制である、最初から当てる気などない。兵士の弾倉マガジン交換にミスを誘う。焦った兵士の手元は落ち着かない。無事マガジンを取替え、初弾を銃身に送り込んだ頃にはもう、ジェリコは目の前だった。


「うあああっ!」


 兵士が慌てて銃爪トリガーを引くが、至近距離にも関わらず、弾丸はすべてジェリコのジャケットに弾かれた。ジェリコは手にしたプッシュダガーで、兵士の喉を突き刺す。

 鮮血ほとばしる血塗れた回廊。

 ジェリコは兵士の小銃を奪い、パーティ会場へと走り出した。


 小銃で弾幕を張りつつ、通路を駆け抜けるジェリコ。時折、待ち構える兵達を倒し、弾丸を補充しながら会場ホールへと辿り着いた。先行するゲリラ兵達とは、丁度挟撃するカタチになり、道中、それほど手こずるような状況ではなかった。


 ジェリコがホール内へと躍り出ると、すでに賓客らは避難していた。当然そこに国王の姿もない。部屋の中心では、倒したテーブルをバリケードに、ユギトを中心としたゲリラ兵が、ヘリからの降下兵による集中砲火を浴びていた。ウォール軍曹率いる傭兵集団も一緒らしく、いまのところ死者は出ていないようだが、徐々に包囲を詰められている。全滅も時間の問題かに思われた。


 ユギトらをぐるりと囲む敵精鋭部隊、巧みに弾幕を張りつつ陣形を狭めていくが、ある一箇所だけ人員がすぐに削られていくところがある。そこはあの寡黙な巨漢兵士、ウォールの正面に位置する兵らであった。ジェリコはその薄い包囲網を狙い、弾をばら撒きながら突進。最後にくるりと前転をして、テーブルバリケードのなかへと飛び込んだ。


「ジェリコ! どうして君がここに?」


 ユギトは射撃の手を止め、ジェリコの登場に驚いた。


「やかましい! 下手クソな奇襲なんかかけやがって、こっちはもうすこしでいい女を落とせるところだったんだ!」


 ジェリコはすぐさま飛び起きて、ユギトが射撃をやめてしまったほうへと銃弾を撃ち込む。


「それはすまなかったな! だがそろそろ引き際のようだ。母上の姿が見えない、もしかすると空振りだったのかもしれん」


 などとぬるいことをいうユギトを無視して、ジェリコはウォールの肩を叩き、自分が応戦している射撃範囲をカバーしてくれるようにと合図した。その隙にマガジンを交換する。そして再び撃ち始めると、今度はジェリコがウォールの応戦している面へとカバーに入る。ウォールもまたそれに呼応し、すかさずマガジン交換。その高度な連携に、ユギトはまったく気付きもせず、目の前の敵に四苦八苦していた。


「王妃はいたよ! しかしこの有様だ、出てくるなといっておいた!」


「なんだって? どうして君がティムに!」


「手を休めるな! いまのうちにマガジン替えとけこの馬鹿!」


 ジェリコはユギトの頭を押さえて、強引にテーブルの下へと押し込めた。彼の登場により、戦況は随分マシになったが、さすがに統制の取れている部隊は一筋縄ではいかない。そろそろ消耗戦も限界だと知り、ジェリコが次の行動に出ようとしたその時だった。


「ユギト!」


 ステージ上から、聞き覚えのある女性の声がした。銃弾飛び交う戦場で、その声が聞こえたのは偶然としかいいようがない。しかし、弾幕の途切れたわずかな時間。ずっと呼び続けていたのだろう、弱々しくかすれた彼女は声は、その場にいる全員の耳に届いた。


「ティム!」


 ユギトのライフルが止まる。なんの考えもなしに、ふらふらとバリケードから出ようとした。


「この馬鹿たれがあ!」


 ユギトの頭部をかばいながら、ジェリコが彼を押し倒して床に伏せる。テーブルの外へと転がり出てしまった二人に、銃弾の雨が襲い掛かった。


 間一髪かわしたものの、ジェリコは背後にあったテーブルを破壊した銃痕を見て戦慄する。

 それは散弾銃ショットガンによるものだった。


「そんな……まさか……」


 それを見たジェリコは、うめくようつぶやいて振り返る。そこにはひとりの女兵士が立っていた。手にはリボルバー式のショットガン。見目麗しい、黒髪の少女であった。


 いつしか彼女への誤射を防ぐために敵の弾幕はやんでいた。

 ジェリコは、己の右目をかくように覆い、ぎりりと強く歯をかみ締めた。


「このババァ! どの面さげてきやがった!」


 ジェリコの雄叫びにも似た罵声を無視し女兵士は問答無用にもう一発、撃ってきた。

 ユギトはすでにウォールがバリケード内へと引っ張っている。ジェリコは小銃を捨てて、とにかく逃げに徹した。それを銃口で追いかける女兵士、続けて二発射撃。そこで再装填リロード。中折れ式のハンドガンタイプであるため、弾込めには少々時間が掛かる。ましてや通常弾ではなく、フルサイズの散弾実包である。構造上、四発の装填が限界だ。


「隙ありだ! 死ねや、この戦闘狂!」


 即時、反撃に転じたジェリコは腰裏から“ゴールド・メーカー”を抜き放った。その場で片ひざをついて、両手で狙いをつける。


「隙などあるか、この馬鹿弟子が」


 すると忘れた頃に、敵の援護射撃がやってきた。ウォール達の攻撃は、状況を把握できずに止まっている。ジェリコは結局また、その場から飛び退くことになった。


「チンピラみたいに、ズボンの腰に銃を挿して。そんなことだから肝心な時に抜撃ちドローが遅れるのだ。きちんとホルスターを使え。暴発して尻に穴が開いてからでは遅いのだぞ」


「こんな時に説教くれやがるとは余裕だなババァ! 世の中にはグリップセイフティってもんがあるってことを知ってるか?」


 辿り着いたテーブルの影から、益体もない反論をする。


「機械の性能を過信するな。何事にも絶対はない。戦場での誤作動は命取りになるぞ、その危険性を常に最小限に抑えることが重要だと散々教え込んだはずだが?」


「うるせえ馬鹿野郎! おめえから教わったことなんざ、ひとつもねえ! そのもうろくした頭ぶら下げて、とっとと俺の前からうせやがれ!」


「そうか、ではそうしよう。だが、消えるのは私じゃない。お前だ」


 ショットガンの復活で、ジェリコの隠れていたテーブルが撃ち抜かれる。大したものでバレットからもらったジャケットにより、大怪我は免れていた。カエル顔の相棒に感謝しつつ、ジェリコは床を転がり続ける。やっとゲリラ達も援護してくれたが、それでも女兵士には当たらない。


「“灰色鴉”か。音の響きが好きだといって、まだ幼かったお前がよく使っていた暗号名なまえだな。まったく……折角の技術を全部、腐らせてしまいよって。あの世でサラに詫びてこい」


 その時、ジェリコのなかでなにかが音を立ててぶち切れる。戦略も戦術もお構いなしに、まるっきり頭が真っ白になってしまった。


「貴様が……、貴様が言うかぁっ!」


 無防備に立ち上がるジェリコの視線には、もはや女兵士の姿しか見えていない。彼を待っていたのはショットガンの銃口。女は無機質な表情を微動だにさせぬまま、銃爪へと指を掛けた。


「こんな単純な挑発に乗るな馬鹿者。……死ね」


 次の瞬間、戦場であるパーティ会場が激震した。


 壁が見事に崩落し、舞い起きた砂埃の向こうに外の景色が見えている。建材をぶちまけて現れたのは、オレンジ色をした球輪駆動式戦車“ガバメント”であった。


“ガバメント”は、会場ホールへと飛び込んでくるやいなや、戦場を縦横無尽に駆け回った。回避の遅れた兵隊達が、球状車輪に蹴散らされている。ジェリコと女兵士の間にも割って入り、戦況は一気に混沌と化した。


「撤退する!」


 ウォールの声だった。ジェリコは身体をびくんと震わせ、正気を取り戻す。すでに目的もなにもかも取り返しのつかない状況だ。もはやこれ以上の長居は無用だと、彼も結論する。


「ティム! ティム!」


 ゲリラの残存兵力が、次々と破られた壁の向こうへと飛び出していくなかで、ユギトはウォールに引きずられながら“ガバメント”へと乗せられた。砲台にはコルトとウィニーの姿もある。グロックは操縦室のなかにいるのだろう。


「ユギト――ッ!」


 一方こちらも、女兵士の部下によってステージからどこかへと連れて行かれるティチャート王妃。その哀しげな様子を見て、ユギトは車上で崩れ落ちるのだった。


 再び敵兵による一斉射撃が始まった。“ガバメント”のボディで甲弾が火花を散らす。


「グロック! 出せぇ!」


 ジェリコは拾い上げた小銃で応戦しつつ、操縦室にいるだろうグロックへと指示を出した。


 刹那、“ガバメント”は自らが押し入った大穴に向けて、高速で退避バックしていく。それを後ろ手に弾をばら撒きながら、ジェリコは追った。


撃てえてぇっ!」


 砲台が反転し、コルトの砲撃命令で、ウィニーが戦車砲を発射した。逃走用の穴はさらに大きくなり、“ガバメント”は迷うことなくその穴へと飛び込んでいった。落差十五メートルの高さから、一気に砂の地面へと落下していく。ジェリコはそれを追い、自らも船から飛び降りた。背中に浮遊する感覚を帯び、手にした“ゴールド・メーカー”で最後の一撃を放つ。


 それが命中したのか、しなかったのか。

 いまのジェリコには分かるはずもなかった。

 砂地へと舞い降りた“ガバメント”は、高速回転する球状車輪で砂を巻き上げ、落下の衝撃をすべて相殺した。そしてジェリコを回収し、瞬く間に岩場を抜けて戦場を離脱していった。


 あとに残ったのは、半壊した豪華客船と大量の血。

 再会、離別、そして邂逅――。


〈つづく〉






















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