act.22 [ダハール新市街/宮殿前広場]
[ダハール新市街/宮殿前広場]
武器を手に立ち上がった民衆達は、怒涛のようにダカールの街を席巻していった。街角に立つ国王軍の兵にも臆することなく、長年にわたる
また一部暴徒化するだけの勢力もあり、国王軍とはまったく関係のない店舗や民家を焼き払う者もいたりと事態は混迷を極めていた。
ジェリコは、そんな暴動を影からサポートするため、戦況を見ながら国王軍側へ攻撃を行っていた。民衆達が防衛網の厚い区画へと到達すると、すかさずバリケードに手榴弾を投げ込んで、突破しやすいように工作する。また建物の二階から群衆を狙う
「あ~、やっぱこういう地道なのは性に合わんなぁ……」
またひとり狙撃兵を片付けると、がっくりとうなだれた。しかし対面にある建物の窓にさらなる刺客を発見すると、足元に転がっていたスナイピングライフルを拾い上げ、スコープを覗く。義眼には、即座に敵との距離と、大まかな風向きと風力がマーキングされ、射撃時の弾道が予測された。しかし、ジェリコはその着弾ポイントからわずかに下を狙う。銃爪を引くと、見事に敵兵の頭を撃ち抜いた。
「やっぱり、ちょい
ライフルをその場に置いて、ジェリコは前線を追った。
ジェリコが民衆らと北上すると、すでに国王軍はいたるところで壊滅状態にあり、残った兵達もニグ族同士の撃ち合いに辟易したのか、現場を放棄して逃げ出していた。乗り捨てられた軍用トラックの中からは、食い散らかされたレーションがあふれ、道端には民衆、国王軍の別なく無造作に死体が倒れていた。
流された血はあまりにも多く、その理由はあまりにも痛ましい。ジェリコは自分が扇動した結果とはいえ、あらためてぞっとした。大国達の冷戦の最中、いくつもの紛争地域でこのような人為的な革命を起こしてきたが、それはいつも「兵士」としての立場であった。いま限りなく民衆に近い位置で暴動を見ていると、当時も同じ色の血が流れていたのだということを痛烈に実感する。
戦場にありながらも人を愛し、自分はまともだとずっといい聞かせてきた。だが、やはりどこかしら麻痺していたのだ。
毒に犯され、自分を見失っていたのである。“戦争”という名の猛毒に。
ジェリコはふとそんなことを思い、そっと右目に触れてみた。
そんな時、群衆が一際色めきだつ。わっと盛大な怒号と、歓喜と、怨嗟と、
「いやじゃあああああ! 離せ! 離せ愚民どもがああ! この国のすべてはわしのっ、わしのものじゃああ! 離さんかあああ!」
老人の顔にはジェリコも見覚えがある。あの豪華客船のパーティで、貴族達からの万雷の拍手と共にスポットライトを浴びていた人物である。ロムド・ニグバ・ラッダハート。この国の王にして、潰頭台“鉢割り”の考案者である。
その偉大なる恐怖の象徴が、いま自らが犯してきた罪と共に処刑台へとかけられた。名もない民衆の手によって、王は地面に組み伏せられ、手かせをはめられ、身体の自由を奪われる。人々は皆、その光景に狂喜乱舞している。誰ひとりとして、王を擁護する言葉などかけない。
「ひいいいいい! やめっ、やめてくれえええ!」
最後には彼のために命をかけて戦っていた兵士達もが、侮蔑の表情を露にする。王冠もローブも奪われた裸の王は、断末魔の命乞いをした。
刹那、誰ということもなく潰頭台を動かした。滑車の巻かれる錆びついた音が響き、
民衆らは己の勝利に歓喜した。武器を捨て、隣にいる誰かときつく抱き締め合う。やがて潰頭台は群衆によって倒された。それはまぎれもなく、恐怖による支配が打倒された瞬間だった。そして、そこには記念碑のように一本の旗が立てられる。
太陽のように美しいオレンジ色をした、彼ら民衆達の魂の国旗が。
勝利に沸くダハールの街。いずれ歓喜はラッダハート全土へ伝播していくことだろう。ジェリコはその光景を見届けて立ち上がった。彼にはまだやることが残っている。祝砲鳴り響き、民衆達が踊り狂うなか、ジェリコはひとり宮殿へと走り出した。
〈つづく〉
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