Ex.final[教室/彼女の第一志望]

[教室/彼女の第一志望]



「うらああ! はよ金持ってこんかいハゲえええ! わしの銃爪ひきがねは軽いねんぞぉ! どやあ、おそろしいやろお! 恐かったら泣いてもええねんでええ!」


 もはやキャラが崩壊している強盗犯のリーダーが、ショットガン片手にミラを羽交い絞めにしている。ミラはものすごく恐怖にかられていて、いまにも泣き出しそうだった。コルトと別れたときのまま、ケータイは電脳につないだままだ。


 すると校庭のほうからキーンとメガホンがハウリングする音がして、続いて例の警部補の声が聞こえてきた。


『黄身はすでに寒天が交尾している。無駄毛処理はやめて音無響子さんと出てきなさい』


『なんで管理人さん? なんかもう、なにいってるかホントにワケわかんねえよ! 警部補いい加減にしてださい!』


『ば! ちょ、やめろよ! メガホン取り上げられたら死ぬんだよ俺は!』


『どんなワーカホリックの仕方してんだアンタ! 病み過ぎだろう!』


『俺がメガホンを手放す時。それは世界が真の平和を取り戻した時だけだ』


『なんかいいこといったっぽくなってるけど、全然かっこよくねえからな!』


『ったく、ごちゃごちゃとうるせえなぁ。色々と小ネタはさんでかねえと間がもたねえだろう。こっちは身代金の都合がつかねえのごまかすので大変なんだよ……あ、いっちゃった』


『バカかアンタは――――――ッ!』


 キーンというメガホンのハウリング音が聞こえたかと思うと、騒然としていた周囲の空気が一挙に静まり返る。


『じょ、ジョークでーす……』


 若い刑事の涙ぐましい弁明の声が聞こえてきた。


「うああああ! バカにしやがってえええ! なめとったらないしゃっずぞおおおらああ!」


 もう何語かわからない叫びを犯人が上げるなか、ミラは恐怖に支配されながらもケータイに着信が入っているのに気付いた。どうやらあの警部補のおかげで一瞬気がまぎれたらしい。


『ミラ?』


「こ――」


 叫びそうになってミラは口を押さえた。犯人はまだ吼えている。


『よく聞いて、しゃべっちゃダメよ? まずは教室の入り口を見てちょうだい』


 ミラが声の指示に従ってそちらを向くと。小さく開けられたドアの隙間から、コルトの顔が見えた。彼女が手を振ると、ミラは見違えるように顔色を取り戻した。


『いい? いまから私が助けに行くから、ミラは犯人の気をちょっとだけそらして。なんでもいいの。やれる?』


 するとミラはすこし考えたが、やがて決心したように力強くうなずいた。


『よし! じゃあ作戦決行よ。準備はいい?』


 コルトはミラがもう一度うなずくのを確認して。


『三……二……一、Go-aheadゴー・アヘッド!』


 ミラは掛け声と共に、自分を掴んでいる男の腕を思い切りかんだ。


「いてえ! なにしやがるこのガキ!」


「きゃあ!」


 男は即座に彼女のことを振り払い、ポンプアクション式のショットガンに弾を込めた。排莢はされない。暴発を恐れてか、まだ一発も装填してなかったようだ。

 だがそんな神経質な配慮も、ミラに向けられることはない。


「いつまでも生かしておいてやると思うなよ! 身代金が手に入らなけりゃ、おめえなんざ用済みなんだ!」


 おもいやりの代わりに向けられたのは銃口だった。銃爪トリガーには指もかかる。


「待ちなさい!」


 不意にかけられた声に反応して、男の指が銃爪から離れる。

 一瞬のスキをついて入室し男の背後に回っていたコルトだったが、あと一歩フライパンの間合いには近づけなかった。しかしあのままではミラが撃たれていた。選択の余地などない。


「ああ? またガキか! なんだてめえは!」


 ショットガンの銃口が、今度はコルトへと向く。


「彼女の友達よ! 観念なさい。もう逃げられないわよ!」


「逃げられねえだとぉ?」


 男は不気味な笑みを浮かべる。


「それはこっちのセリフだろうが!」


 男はショットガンの銃爪を引いた。教室にズバンと散弾の音が鳴り響く。立ち込める硝煙と静寂の中、壁に掛かる時計の針だけが妙にわずらわしくカチコチと安っぽい音を奏でた。鼻を突く火薬の臭いと、ひりついた空気。

 教室の真ん中には、フライパンを胸の前に構えたコルトがしっかりと立っていた。


「な!」


 男が驚愕の表情を見せた。散弾はすべてコルトのフライパンによって防がれていたのだ。

 発砲の瞬間、彼女は一歩前に踏み出していた。そして散弾が放射状に広がる前にそのすべてをフライパンのなべ底で受け止めたのである。


 もちろんその衝撃は凄まじく、コルトの身体ごとフライパンを押し返して犯人との間に距離を空けた。その威力は、いまだコルトの全身を苛んでいるはずであった。


 男は正気を取り戻してすぐさま次弾を装填する。空薬莢が床にはねた。

 だがコルトの意識は、まだ目の前で起きた奇跡から戻っていない。




『投げろ!』




 その時コルトの耳の中で、バレットではない男の声がした。懐かしく、とても頼りがいのある声。その声に覚醒したコルトは、手にしたフライパンを男の顔面目掛けて投げつける。


「ぎゃあ!」


 完全に目元に食い込んだフライパンが、男をなぎ倒す。手にしたショットガンは、運良く窓の外へと放り出された。


「ミラ!」


「コルト!」


 駆けよるふたり。コルトは震えるミラを抱き締めた。よく見れば手足にアザがある。男たちに乱暴されたあとだ。コルトは頭に血が昇る。いまだフライパンの痛みにもだえる男へと、太もものホルスターから取り出した拳銃を突きつけた。


「ゆるせない……女の子に暴力振るうなんて……!」


「ひ、ひいいいい!」


 男は情けない声を出して縮こまって泣いた。


「か、勘弁してくれよおお。出来心なんだよおお」


「出来心でこんなことしていいと思っているの? アンタそれでも人間? あ、そうかアンドロイドだもんね。だったらそれは仕方がない」


 コルトは冷たくいい放つ。


「そ、そうなんだよ! お、俺たちアンドロイドだから」


「じゃあ殺しても罪にはならないわよね」


「わああああ!」


 男はのけぞった。


「死ね……」


「ううぅ!」


 小さく丸まった男の背中に向けてコルトが銃爪を引く。

 撃鉄が起きてシリンダーが回転。そして銃爪はさらに絞られ、最後にカチンと軽い音を立てて撃鉄が落ちた。


「……た、弾切れ?」


 男は怯えながらそう口にした。


「ばーか。最初から弾なんか入ってないわよ」


 コルトはべーっと舌を出す。


 男はあまりの安堵に腰砕けになった。直後、教室に警官隊がなだれ込み。男は手錠をかけられて連行される。事件は一件落着した。


 コルトはミラの身体に毛布をかけてやり、ぎゅっと抱き締めた。自分よりもずっと身長の高い友人をまるで妹のように包む。


「もうっ! 心配させないでよっ!」


「ごめぇん。ふわぁあああ……」


 ミラは泣いてしまった。

 コルトはしばらく泣かせたままにした。緊張から解き放たれた自然現象である。彼女に罪はない。それからようやく泣き止んだミラに、今度はコルトが答えてやる番だった。


「それにしてもコルトの長いスカートにそんな秘密があったなんて……」


「ナイショだからね? 見つかったら捕まっちゃう」


 コルトは目の前にいる警官を見ていった。


「わかってるって。でも弾は入ってないんだ」


「うん。それどころか、撃てないように銃口を塞いであるの」


「どうして?」


 ミラが眉根を寄せて小首を傾げる。


「兄キがね。この銃をくれたんだけど、そのときにいったの。『おまえにこの銃は使わせないからな』って。だからいまはただのモデルガンなんだ。私のおまもりみたいなもんかな?」


「そうなんだ」


「だから内心びくびくだったの。なんかやだ……いまごろ………恐く……」


 コルトの身体が突然震えだした。いままではミラを助けるという使命感で動いていたのに、その緊張が抜けて一気に弛緩したのだ。


 涙目になり小さくひざを抱える友人を、今度はミラがぎゅっとする。


「ありがとう。ホントにありがとねコルト。アンタ最高の親友だよ!」


 コルトはふくよかなミラの胸に顔をうずめ、安堵の吐息をもらした。


「わ、私も……よ。……だって、あなたのおかげで本当にやりたいことが見つかったもの」


「本当にやりたいこと?」


 コルトはまだ震える指先でスカートのポケットから四つ折の紙を取り出した。それは第一志望の書かれていない進路希望の調査用紙。

 コルトはそれを床に広げて、おもむろにペンを走らせた。


「私はやっぱり勉強より仕事より、もっと兄キのそばにいたい。そのためにはもっともっと強くならなきゃいけないんだ」


 バンとかざした一枚の紙。その一番上に書いた文字をミラが訝しそうに読み上げる。


「横取り……屋?」


「そう。”横取り屋”。ウチの兄キはそのプロなの。だから私もそうなりたい。いつか兄キと肩をならべて走れるように」


 そう言ってコルトはミラに笑いかけた。一点の曇りもない無垢なる笑顔で。

 ミラもまた彼女の満面の笑みを見て、心躍らせる。きつく抱き締めあったお互いの身体は、女の子だけが持つやわらかい優しさであふれていた。

 それを凶悪事件の捕り物が行われた現場の喧騒がさらっていく。

 窓辺にはすでに月がのぼろうかとしていた。




[劇終?]



『バレットか? 俺だ』


 電話をとったバレットは開口一番に、電話相手を非難した。


「あいやジェリコさん。遅いあるよ。下手したらコルトさん死んでたネ」


『悪い悪い。ちょっと立て込んでてな。だがなんとかうまくやったじゃないか』


「彼女、優秀ある。先が楽しみネ」


『あんまりおだてないでくれ。手がつけられなくなる』


「ぐふふ。贅沢な悩みあるナ」


『まあな。それよりも今回のことなんだが、まさかバレてないだろうな?』


 電話の声はひどく慎重だった。


「あのアンドロイドたちのことあるカ? それなら大丈夫ヨ。回商会の技術力をなめないでほしいネ。あれを人間じゃないと見破れるような人材は、いまのところ警察にはいないある」


『だったらいいんだがアンドロイドに銀行を襲わせるというこのアイデアが世間に知れ渡ると、非常にまずいことになる。その辺の隠ぺい工作は徹底してくれ』


「勿論ネ。今回の失敗は使用した素体がアホだったことに原因があるある。それさえクリアすれば、次はきっと大もうけ」


『おいおい。あくまでもそういう実験データがほしいだけだ。今度の依頼は先進アンドロイド工学の研究所に先駆けて、ロボットによる叛乱の危険性を実証することだ。それ以外は全部二次的なものだといったろ?』


「そういえばそうだったある」


 バレットは内心舌を出した。


『大体、自分の失敗をコルトに押し付けて後ろでのほほんとしていやがったクセに、どんだけがめついんだよおまえは!』


「そ、それはジェリコさんに言われたくないある! 自分だってコルトさんの実戦による性能試験だとか言ってたあるヨ!」


『えっと――そ、そんなこといいましたっけ……』


「健忘症あるか? いいクスリ紹介するあるヨ」


『おまえに勧められたトンプクだけは絶対にのまない』


「人聞き悪いある」


『まあなんだ。総合的には感謝しているよ。あいつの覚悟も見極められたしな』


「コルトさんの第一志望のことあるナ」


『ああ。俺としても迷っていたところなんだ。コルトの第一志望は、本当はじゃないといけないと思ってな。だが……これで決心がついた。これからはビシビシ鍛えることにする』


「ま、ほどほどにネ。嫌われちゃ意味がないある」


『はは。それもそうだ……と、コルトが呼んでる。メシの時間だ』


「今日のディナーはなにあるか?」


『……目玉焼きだそうだ』


「あいやー。それはご愁傷様あるヨ」


『なあバレット。友人として一生の頼みがある』


 電話の声はひどく神妙だった。


「なにあるネ」


『いい胃薬持ってないか』


「さっきワタシからクスリは買わないと言ったヨ」


『あれ? そんなこといいましたっけ?』


 親の心子知らず、その逆もまた真なり――。



[コルト狂詩曲/Go-ahead 劇終]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤクザな商売 真野てん @heberex

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ