act.13 [サンド・オーシャン号/防犯管制室前]

[サンド・オーシャン号/防犯管制室モニタールーム前]


 とある通路の壁を背に、しゃがみ込んで銃を構えるジェリコ。鏡面に磨き上げられたオイルライターに反射させて、進むべき通路の様子を窺った。


 見通しのいい一本道の通路で、ジェリコのいる曲がり角から、およそ十メートル先の行き止まりにモニタールームはある。歩哨は二人。国王軍の軍服を着て、手に小銃を構えている。


 ジェリコはライターを通路から引っ込めて天井を仰いだ。そこには火災防止用の小さなスプリンクラーが設置されている。


「バレット、見えてるか?」


 ジェリコは小声で相棒を呼ぶ。バレットは、ケータイを通して義眼の映像をモニターしているのだ。


『もちろんヨ』


「あのスプリンクラー、熱感知式か?」


『や、煙感知式のほうネ。船内には火災以外の熱源もたくさんあるからナ、普通、あまり敏感なセンサーは遊戯空間には使わないものヨ。少なくともタバコの煙くらいじゃ作動しないあるが、一体どうするつもりネ?』


「簡単には作動しないんだな? それを聞いて安心したぜ」


 ジェリコは持っていたライターの火をつけ、それを通路へと放り投げた。

 メラメラと揺れる炎に、たちまちライター全体が焼かれる。耐火処理はしているとはいえ、甲板は木材でできており、次第にライターの投げられた箇所は火で黒ずんでいく。ごく壁際で燃えているライターの火は、やがて燃え広がり壁にまで侵食しようとしていた。


「な、なんだ!」


 歩哨のひとりが声をあげ、火災現場へと駆けつけてきた。それをジェリコは捕まえて、壁の向こうへと引きずり込み、絞め落としてしまう。


「どうしたあ!」


 続けて残りのひとりも慌てて急行する。彼が曲がり角へと躍り出た時、ジェリコは先ほどのひとりを絞めながら銃を構えていた。サプレッサーを付けた銃口から「ばすっ」と、紙風船を潰したような音が出た。駆けつけた歩哨は脳天を撃ち抜かれ、燃え盛る炎のうえへと倒れ込む。


 ジェリコは手動で排莢しながら、天井を見た。スプリンクラーは作動していない。

 その後、二人分の死体を、近くにあった洗濯かごリネンボックスに隠してモニタールームへと移動する。歩哨を義務化しているためか、そこに肝心の監視カメラがないというのも皮肉な話だ。


 ジェリコはモニタールームのドアをノックした。

 丁度、扉の隙間が開くところあたりに銃口を構えて。


「なんだ?」


 室内から声がする、気配はひとり。


「陛下からの差し入れだ」


「なんだと?」


 ジェリコが口からでまかせをいうと、すこし浮ついた口調で返事がきた。

 カタンとイスを離れる音がして、すぐにドアが開く。


 瞬間、ジェリコは銃爪を引いて、室内へと滑り込んだ。するとそこにはもうひとり監視員がおり、部屋の隅のほうで女性の裸を売り物にする雑誌を読んでいた。


「誰だ、きさ――」


 雑誌を放り投げて立ち上がった彼の喉に、一本のナイフが刺さる。プッシュダガーというものだ。通常、短くて平たい両刃の刀身を持ち、コルク栓抜きのように握り込んで使う刺突武器だが、ジェリコはそれを手裏剣としても使う。


 喉の動脈を切られた彼は、急激に失っていく血液の影響で倒れ込む。床には徐々に赤い水溜りが広がっていった。グラビア雑誌も朱に染まる。ジェリコが発砲しなかったのは、後ろにある機材に傷をつけないためだ。


 壁一面を覆い尽くす、無数のモニター画面。それらの映像はすべて船内の監視カメラから送られてきたものだ。パーティ会場は勿論のこと、各所甲板通路、食堂、機関室にいたるまでフォローされている。さすがにこの時間、パーティを抜け出している者はいないらしく、甲板には歩哨の兵士の姿しかない。ふと会場ホールを盗み見ると、マリアがニキロナに口説かれている様子が映った。


 ジェリコはそれらを制御している“電子演算装置ニューロウェア”の接続端子に、バレットから持たされたプラグメモリを挿入した。すると制御画面を映しているモニターが暗転し、ずらりと意味不明な数字の羅列が走りだした。


「これでいいのかバレット?」


 プログラムに関しては、彼の門外漢だった。するとしばらくして、ジェリコの義眼に見知らぬ船内通路の様子が映し出される。


「なんだ?」


『それは最上階の通路の映像ネ。よく撮れてるある。つまり成功ってことヨ』


 耳の奥でバレットが自慢げにいった。“電子演算装置ニューロウェア”の制御画面はもとに戻り、まるで何事もなかったかのように仕事を続けている。仕上げにジェリコは、各部署に対して無線連絡を入れた。「こちらモニタールーム。各所近況を報告せよ」すると次々とよこされる返答は、軒並み「異常なし」ということだった。


「これでしばらくは『仕事をやっているように』見えるだろう」


 ジェリコは室内に横たわる、二つの亡骸を見てそうつぶやいた。そして颯爽と、モニタールームをあとにする。静かになった室内に、プラグメモリのパイロットランプだけが、妖しく明滅していた。それは悪事ジェリコの残り香だ。パカパカとふざけるように瞬いて。


 しかしその時まだ、ジェリコは気付いていなかった。


 さっきまで「異常なし」であった甲板で、緊急事態が発生していたことに。各所を映すモニター画面のなか、船べりにある手すりの映像に、数本の鉤つきロープが張られているのが映し出されていた。そしてさらに、ロープを伝って砂上から船へと乗り移る複数の人の影が。


 皆、ニグ族の装束を着て武装した者達ばかりだ。そのなかにはまだ若い、精悍な青年の姿もあった。


〈つづく〉


























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