act.19 [反乱軍アジト/作戦司令室]
[反乱軍アジト/作戦司令室]
軟弱な地盤をくりぬいてできた
時代の流れは、物の見方を変えさせる。かつての正義が悪になることもある。
しかし、その本質は変わらない。常に人間の身勝手な価値観がそれを捻じ曲げているだけだ。
ユギトは自軍の幹部達を招集して、緊急の作戦会議を行っていた。戦場の配置図が広げられた円卓を前に、皆ぴりぴりとした雰囲気で沈黙を保っている。そこに静寂を打ち破るようにして、ひとりの新兵が現れた。
「報告します! 国王軍の進軍が止まりません! 昨日までとは明らかに戦力が違います。いや、兵士そのものは少ないくらいなのですが、戦法が迫撃砲を主体とした長距離攻撃へと転じております。こちらにはそれに対応した防衛手段がなく、各所で甚大な被害が報告されています」
砂にまみれ、破れ果てた民族衣装をまとい敬礼するその様は、ひどく幹部達を動揺させた。
腕組みしてその報告を聞いていたユギトは、そっとウォールへ視線を送る。
「……どう思う?」
「悔しいですが、あの男の言葉を認めざるを得ませんな」
胃液を飲み下すようなマズイ顔で、ウォールは胸のうちを吐露する。
「ジェリコのことか」
ユギトもまた沈んだ表情で、先日のジェリコの激昂を思い出していた。
「は。自分も“ガルーダ”の伝説は聞き及んでおります。自らも最強の傭兵でありながら、真に恐ろしいのはその
「君にそうまでいわせるか……」
ご苦労、と報告に来た新兵を下がらせ、ユギトは再び深い瞑想に入る。まだ十八歳という若い身空で背負い込むには、苛烈すぎる問題だった。叶うことなら、まだ青春を謳歌している年頃であっただろうに。
ウォールはそんな彼に対し、すでに数時間前には辿り着いていたある意見を提出してみた。
「……撤退なさるのが最善策かと」
すると会議室はざわめいた。にわかに兵達が浮き足出す。
「それはならん!」
だがユギトはかっと目を見開いて、即座にその案をはねつけた。テーブルに拳を叩きつけて、猛烈に憤慨を
「それだけはならんぞ軍曹。この
「失言でした。申し訳ありません」
深々と頭を下げ、前言を撤回するウォールに、ユギトの顔も次第に険をなくしていった。
「いや……すまん。取り乱した。軍曹、君達だけでも撤退してくれて構わないんだぞ。これまでも充分やってくれた。感謝こそすれ、恨み言などひとつもない。せめて退路が断たれる前に、このダハールを抜けたまえ」
するとウォールは表情を変えずに。
「できません」
「軍曹……それは任務だからか?」
ユギトが痛々しそうに聞き返した。
「そうです。しかしそれだけではない」
「なに?」
「我々は戦争によって利益を得る、ろくでなしの集まりです。そこに本来あるべき『忠義』の御旗はありません。ただ殺し、ただ奪うのみです。しかし、あなたは違った。この国の王子でありながら、前線に出て命を張っている。あなたはその背中に、家臣達の『忠義』を受けながら、自らも国民への『忠義』を立てられている。容易なことではない。あなたこそが真の“王”だ。自分はあなただからこそ勝たせたい、嫌だといっても、最後までお付き合いさせていただく」
ウォールの言葉に、ユギトは感動を禁じ得なかった。
会議室を見渡せば、幹部連中の顔も皆「そうだ」といっている。身体の芯からくるようなこの震えはなんだろうか、あらたな『忠義』を得たことの喜びによるものか、それとも“王”としての重圧を背負わされた、恐怖からだろうか。しかしユギトは、それら感情のすべてを一旦呑み込んで、自分がなすべきことだけを考える。
「……すまん! 君らの命、このユギトレス・ラッダハートが預かる!」
固い決意と共に送る敬礼は、その場にいたすべての者の心を打つ。立ち上がる戦士達、ユギトに向かって全員が敬礼を返した。
そこにあらたな報告がもたらされる。今度は後方支援の無線傍受士官だった。
「報告します! 新市街地から入電! 国王軍による、国民への物資配給がストップいたしました! これにより民衆と国王軍による小競り合いが発生、しかし間もなく国王軍が武力によってこれを鎮圧。依然、小康状態が続いているそうです!」
「なんだと! おのれぇ、そこまでやるか父上ぇ……国民にはなんら罪はないというのに」
ユギトの顔が瞬く間に怒張していく、普段の好人物が見る影もない。しかしそれほどまでに、激怒しているのだ。全身が憤怒によって痙攣している。
「殿下!」
「ご命令を殿下!」
兵達は口々にそういった。破裂前の風船のような緊張感はもうない。ただ外側に向かって爆発したい欲求でいっぱいだ。ここで行かずしてどこで行く、皆にそういわれているような気がして、ユギトはしばらく沈黙を続ける。なにより落ち着くことが必要だった。
「ウォール軍曹」
そして双眸に決意の火をたぎらせて、彼は自身の参謀へと声を掛けた。
「は!」
寡黙な巨漢兵士は、背筋をぴんと張ってこれに答える。
「これより全面戦争を仕掛ける。最終決戦だ、すべての兵力を投入せよ! 戦車隊を前に。バリケードを破壊しつつ、旧市街を北上。守りは考えるな、宮殿を攻め落とすことだけに専念せよ。総員配置! 健闘を祈る!」
「サー、イエッサー!」
司令室の高揚が、全アジトへと波及するのにそれほどの時間は要しなかった。暴発しそうなほどの高い士気が、お互いの闘争心に火をつける。気合いの入れ方は様々だ、叫ぶ者、呑む者、食べる者。壁に頭をぶつけて、すでに致命傷を負っている者までいた。
これで最後だと、静かに小銃の手入れをする者が大半を占めるなか、恋人や家族の写真を懐に忍ばせ「必ず生きて帰る」と自分にいい聞かせる者達。
「ティム……」
それらの光景を見て、ユギトもまた自分を追い込んだ。
奪われたすべてを取り返すために。
〈つづく〉
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