act.24 [宮殿内随所/もうひとつの親子喧嘩]
[宮殿内随所/もうひとつの親子喧嘩]
玉座の間から飛び出した二人は、宮殿の各所で撃ち合いを演じていた。一方は一撃必殺のショットガン、もう一方は弾幕を張りつつ相手の油断につけ込むカービンライフル。広間を避け、できるだけ遮蔽物の多い回廊や、窓際へと戦場が移っていくのは当然の流れだった。
ジェリコはそこら辺で野垂れ死んでいる国王軍の骸から、弾倉を奪いつつ応戦を続け、いまはトイレの壁に隠れて息を整えていた。こんなところで死んだら、とても死に切れるものではない。かえって緊張感が増す思いだった。
「なあ! この戦争に負けて、ホントは悔しいんだろ? なにが勝利条件をどこに設定するかだ馬鹿野郎、正直にいったらどうなんだ!」
すると足元にころんと丸い物体が転がってきた。手榴弾である。どこから投げ込まれたかは分からないが、そんなことを考えている暇などなかった。
「うわ!」
ジェリコは慌ててトイレから飛び出した。
その瞬間、背後で手榴弾が爆発し、さっきまで隠れていたトイレの壁が無残にも抉れ、一瞬のうちにガレキの山と化した。ジェリコは背中に破砕した
ホッとしたのも束の間。ソフィアはあっという間に正面へと回り込んでおり、柱を背にしたジェリコに向かってナイフを手に襲い掛かっていた。ジェリコはそれを、ライフルを盾にして止める。しかし体勢が充分ではないので、すぐにでも押し切られてしまいそうだ。
「煽り方がぞんざいだな。それで挑発しているつもりか?」
「とかいいつつ出てきてるじゃねえかよ!」
悪態をつきながらソフィアの腹に蹴りを放ち、命からがら柱から離脱する。即座に反転、振り向きざまに銃を乱射。しかし、残弾を余らしたまま連射はストップ。
これを解消するには、一度手動で排莢作業をし、あらためて
「くそ!」
ジェリコは拳銃に握り替え、手榴弾を投げつつその場を離脱する。ダメージそのものよりも、煙幕効果を狙ったものである。立ち込める噴煙にまぎれ、近くにあった彫像の真下へと滑り込んだ。すると四方に反響したソフィアの声が、まるでジェリコを翻弄するかのように聞こえてきた。
「私にとって個人の勝利など、大した意味はない。情勢を揺るがすような戦果こそが重要なのだよ。子供の頃から、常に大局を見ろと教えたはずだが?」
「あんたはいつもそうだった! なにかといえば戦果だの実績だの、他に楽しみはねえのかよ。随分と寂しい人生だな!」
「なにをいう、世の中に戦争ほど面白いものが他にあるか? あらゆる局面で人間の限界性能を試される、究極のステージが戦場だろう。そこには生まれも性別も関係なく、ただ強い者だけが生存を許される。闘争を回避することは、その者の自由だ。だが私はあえてすべてを受け入れる。だからこそいま、戦局的に無意味なお前との戦闘をしているのだ」
ジェリコは、せわしなく周囲を警戒しつつ返事をした。
しかし、彼女は一向に姿を見せることがない。完全に気配を断っている。
「人を殺すことでしか、生を実感を得ることができないなんて哀れな奴だ。それでよくいままで他人の指導なんかしてこれたな!」
爆煙が薄らいでいくなか、義眼の
正直、条件反射だった。幼い頃から刷り込まれた、殺気による反応で思わず手が出た。
「おかげさまでな」
そう答えながら現れたソフィアのナイフを、ジェリコが持つもう一本のナイフでしっかりと止めていたのだ。悔しいが認めざるを得なかった。彼女に鍛え上げられた肉体がいま、ジェリコをすんでのところで生かしている。
「私はすべての人間が、戦場を経験すべきだと思っている。そして戦争の悲惨さ、愚かさ、また起こるべくして起こっているのだということを認識すべきだ」
二人は数撃、素手により打ち合ってから距離を取った。
「それで戦争がなくなるとでも言うのか?」
どうせ撃っても当たりはしないが、けん制のために銃を構える。
ソフィアもまた、“
「いや。しかし圧倒的に数を減らすことはできるだろう。戦場を知らぬ指導者達は、
「えらく大層な夢だな。その実現のために、じゃあ一体あと何人殺せば気が済むんだ? 血を吸いすぎたお前の翼じゃ、もう遠くまでは飛べやしないぜ」
ジェリコは吐き捨てるようにそういった。
「この国を手に入れることが、その夢の
「なんだって?」
「宗教戦争、民族の対立、王族の威信、権力闘争。あらゆる思想や利害関係にとらわれず世界中の戦地に傭兵を派遣し、戦争の早期終結や被害拡大を最小限に留める機関。連邦や百大王家にも属さない、まったくの第三国として世界に干渉していけるあたらしい国家を、私は生み出したかった。それがドラグノフの独断に同調した理由だ。奴は奴で、三軍の次期ポストを狙っているらしいからな」
「俺は大佐の出世のために、利用されたってのか?」
ジェリコはあのいやらしい肌艶を思い出し、吐き気をもよおすほどの嫌悪感に駆られた。ふつふつとした怒りがこみ上げ、ソフィアに向ける銃口が震える。
「そういう考え方は良くないな。お陰でお前には、奇跡的な減刑が適応されるのだろう?」
「そんなものは俺を釣るためのエサだろうが!」
「奴の善意かもしれん」
「あれがそんな殊勝なタマか!」
「確かに」
そしてソフィアは突如として、己の銃口を下げた。
ジェリコが訝しげに眉を吊り上げると、おもむろに窓の外へと視線を向ける。
「さて……そろそろ王妃が宮殿を逃れた頃か?」
「気付いてやがったか」
ジェリコもため息交じりに銃を下ろした。結局最後まで自分の行動を読み透かされているようで気に食わなかったが、相手に戦意がないからには、これ以上の戦闘は無意味だった。遺恨は残るが、いまは仕方がない。
「まったく。時間稼ぎなど、必要ないといったろう。これは私とお前の私闘だ。紛争とはまるで関係がない」
「百大王家の連中もそう思ってくれればいいけどな」
ジェリコの指摘は冷ややかだった。たとえすべてがソフィアによって仕組まれていたとしても、戦争はそれだけでは起こりえない。必ず利益を求める者がいて、それを奪う場所があるから始まるのだ。
しかしソフィアは意に介した様子もなく。
「私はもうデカラビアには戻らん」
淡々とした表情でそう語った。
「なに?」
「夢の実現のために、また違うスポンサーでも探すさ。フリーになれば連邦にも入れるしな。五年も遅れてしまったが、サラの墓前に花でも手向けようと思う」
ジェリコはソフィアの表情に、わずかながらの変化を垣間見た気がした。まるでそれは戦火のなか、幼い自分を拾ってくれた時のような、恐ろしさとそれ以上の憂いを秘めた、究極の母性を持った淡い笑み。
「お前――」
ジェリコが一歩踏み込んで、その真意を確かめようとした、その時だった。
宮殿中の壁という壁が震えだし、突如として崩落する。強大な質量と衝撃とが宮殿を撃ち抜き、狂ったように破壊を拡大している。床は崩れ、天井がガレキの雨を降らせた。壁に開いた大穴からは、オレンジ色の戦車が覗く。
「“ガバメント”か!」
頭上から落ちてくる石の塊を避けながら、ジェリコが叫ぶ。義眼で見たコルトの顔は、鬼の形相である。かたわらにはユギトの亡骸を抱き締めるティムの姿が。その仇はまだ、いまもってジェリコの前にいる。無理からんことだった。
「どうやらここまでのようだ!」
珍しく声を張ったソフィアがジェリコにそう宣言した。
崩れゆく宮殿のなか、舞い踊った粉塵が徐々に彼女の姿をジェリコの前から消していく。
「また会おう」
その言葉を最後に、天井の崩落は一層激しさを増した。
「待ってくれ! まだ俺には話が!」
ついに限界を超えた宮殿の構造が、一気に倒壊へと進んだ。轟音を立てて柱がなぎ倒されていく危険な状況のさなか、ジェリコがほんのすこし目を離した隙に、崩落した床と共にソフィアの姿も消えていた。
生きているのか、それとも死んでしまったのかも分からない。
だが彼には確証があった。あの“ガルーダ”がそう簡単に、命を落とすことはないだろうと。
そう結論してジェリコも走り出す。これから復讐を考えるにせよ、いまここで死んでしまっては元も子もない。ましてや友人に「頼む」といわれた
ジェリコは燦々と照りつける太陽へと向かって、飛び出していった。
直後、宮殿は完全に崩れ去る。
この日、ラッダハートという名の“王国”は滅びた。民衆達の手によって、長い混迷の時代に終わりを告げたのだ。暗雲は振り払われ、はためく希望の旗ひとつ。広大なニグレスカ砂漠には、今日も穏やかな風が吹いている。
〈つづく〉
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