第30話
無重力空間にいるような浮遊感の中、真白は固く目を閉じていた。
どこかに落下しているのか、真黒の力でGを感じないだけかもしれない。
何が起きたのかも分からなかったので、恐くて目を開けられない。
傍らにいる真黒にしっかりと捕まったまま黙って目を閉じていた。
真黒が優しく腕に手を添えてくれたので少し安心して、ゆっくりと目を開ける。
暗い。雲の中にいるような風景。
足の下にも何も無い。空を飛んでいるのだろうか。
目を凝らして雲の中を凝視しているとそこから巨大な塊が飛び出してきた。
その鉄の塊はタンカーのような巨大な船舶。それが突然目の前に、真白達を押し潰さん勢いで現れる。
「きゃっ!」
堪らず真黒にしがみ付いて目を閉じる。
しかし体が押し潰される事は無く、恐る恐る目を開ける。
そこにタンカーの姿は無く、黒い雲が渦巻いているだけだった。
もしかして雲の形が船に見えた? とまた雲を凝視するが、今度は雲から飛行機が出てきて頭上を通り過ぎて行った。
幻なんだろうと分かってもやはり恐くて目を閉じてしまう。
「どうなったの?」
真黒の服を掴んで聞く。
「俺達は狭間の中にいる。普段身を隠すために狭間に干渉しているのとは違う。完全に狭間の中だ。色々なものが入り混じった……この世から消えた物も、これから生まれてくる物も全て混ぜこぜになった、混沌の世界だ」
真白は改めて周囲を見る。
言われれば雲というより、何もかもを混ぜたために灰色になって、ドロドロになった物のようにも見える。
それが時折、何かの形を取っては消え、を繰り返していた。
「出られるの?」
根本的な事を聞いてみる。簡単に出られるのならもう出ているだろう。答えはほぼ分かっているようなものだが聞かずにはいられなかった。
「分からない。ここは穴のあいた場所というより、もっと大きな世界の狭間だ。どこまで落ちたのか分からないが……、やってみよう」
「前にも来た事あるの?」
「いや、ない……というわけでもないか。俺は元々ここにあったモノだ」
ここから産まれた、と真黒はどことなく懐かしそうだ。
という事は真黒の故郷? と急に彼氏の田舎に来た女の子のように見回し始める。
随分殺風景ね、という感想は飲み込んだ。
単に感傷に浸っていただけで実は簡単に出られたのかな、と少しの期待が胸をよぎる。
真黒はムラサメを構えると立て一文字に振り下ろす。
雲が裂け、開いた穴が広がり、真白達を包み込む。
だが景色は特に変わらなかった。いや、雲から形作られる物が多くなった気がする。
建物、木、乗り物、そして人。それらがおぼろげな形を作っては消える。亡霊の行列の中に混ざっているようでいい気分ではない。
真黒はまた刀を振るう。
ドロドロの雲だった景色は次第に形を取り始める。のどかな農村だったり、山からの見下ろす町並みと海、車の往来する都市。時間も季節も、国までもがバラバラに思えた。
真黒に寄り添いながらそれを眺めていた真白から、元の世界に戻れないかもしれないという恐怖は次第に薄れていった。
二人でテレビか映画でも見ているような気分だ。二人っきりで。
「ねえ。このまま戻れなかったら……、どうなるの?」
恋人が普通に「この後どうする?」と聞くような調子で言う。
「狭間に取り込まれる。要は無に還る」
死ぬっていう事かな、とぼんやりと考えながらそれも悪くないと思う。
どのみち現世に帰っても自分達の居場所は無いのだ。
世界に干渉する事も出来ず、ただひっそりと生きていくだけ。狭間の力を利用しようとする人間がいる世界に戻っても、面倒に巻き込まれるだけだ。
などと考えていると次第にまどろんできた。
真黒ばかりに働かせて悪いと思うが、どうしようもなく眠い。それに心地いい。
「眠ったら、そのまま狭間に取り込まれてしまうぞ」
寝たら死ぬってやつ? でもそれでもいい。真黒と二人なら……。
真白の意識は真綿に包まれるように眠りに落ちていった。
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