第4話
家まで戻り、玄関前に立つ。
外から様子を窺う限り騒ぎは起こっていない。
明かりも点いているので母は帰っているようだ。自分がいない事を心配しているかもしれないが、ちょっとコンビニに出ていた程度の時間だから大丈夫だろう。
「あなたはここで待っててくれない?」
ああ、と疑う事無く承諾する少年を玄関前に置いて中に入る。
◇
「……真白? あら? どうしたのかしら」
と母の反応に少し違和感を感じながらも外に出ていた理由を説明する。
母は徐々にいつもの様子を取り戻し「大変!」と慌て始めた。
真白は母にカーテンの隙間から玄関先に立つ少年を確認させる。
「警察に……」
と母は受話器を取る。
真白は少し罪悪感を覚えるが安堵して息を付く。
あの少年には悪いがやはり手放しで信用する事は出来ない。それにやましい事がないのなら警察にきちんと事情を説明できるはずだ。
ほどなくしてチャイムが鳴る。
玄関を開けると制服を着た警官とコートを着た刑事らしき男が立っていた。
母がリビングへ通して事情を説明する。
「家の前には誰もいませんでしたね。きっと我々の姿を見て逃げたんでしょう」
やはり真っ当な人間ではないのだろう。……そりゃ、真っ当な人間でもあまり警察とは関わりたくないものだが、それでも自分の行動に非はないはずだ、と自分を納得させる。
刑事の普段から怪しい者はいなかったかという質問に、真白は日頃感じていた事を話す。
自分でも少し被害妄想じみていると思うが、刑事は淡々と聞いてくれた。
一通り話を聞くと分かりました、と言って、
「では娘さんは我々が保護します」
保護? と真白は母の方を見る。
「あ、いえ。そこまでして頂かなくても……パトロールを強化してくだされば」
「強化と言っても、週に一回の巡回を二回に増やせればいい方ですよ? お嬢さんの身に何かあってからでは遅いんです。私はそうやって取り返しのつかない事になった家族を大勢見ているんですよ」
それは……、と母は口篭るが真白は蒼白になる。保護とは言っても、それは要するにストーカーから守るという名目で警察署に閉じ込められるという事ではないのか?
さあ、と制服警官は優しく手を差し伸べるが、真白は一歩後ずさる。
何かおかしくないだろうか。
警察はストーカー被害者を逐一監禁しているのか? それにこんな通報で刑事がやってくるのか? 事件にならなければ動けない、は警察の口癖ではなかったのか?
そう言えば……この人達が来たのもあまりに早すぎる。それにパトカーの気配も車の音もしなかった、と真白は心の内を押し殺して聞く。
「どこの警察署?」
「西丹警察署だよ」
確かに一番近い警察署だ。
「じゃ、じゃあ。私着替え取って来ます」
と背中を見せないようにして、ドアへ向かう。
「じゃあ、僕は階段の前で待っているよ。ゆっくりでいいからね」
と警官は階段まで付いて来た。
階段を上りながら「やはりおかしい」と思う。どうして自分の部屋が二階だと分かったのか? 大抵そうだから――と言えばそうかもしれないが、こうなると何もかもが怪しく思えてくる。二階では外へ逃げて助けを求める事も出来ない。
どうする事も出来ずに着替えを鞄に入れ、上着を羽織る。
階段を降りる頃にはきっと考えすぎだ、と思うようになっていた。
「あの、面会は出来るんですか?」
母が刑事に聞く。
「もちろんですよ。いつでもいらしてください」
「いつまで?」
鞄を胸に抱えた真白が言う。
刑事は一瞬固まったようにも見えたが、
「そりゃ、お穣ちゃんが居たいだけさ。帰りたければいつ帰ってもいいんだよ。ただし、ストーカーが現れても知らないよ」
と言って笑う。
「じゃあ、いいです。私行きたくありません!」
強張った顔で言う真白に再び固まった様子を見せた刑事は、
「では被害届を書きに来てください」
「それだけなら、私が……」
と母親が席を立つ。
刑事は表情も変えずに母親の頭に手を伸ばすと、大きな手で頭をがしっと掴んだ。
母親は悲鳴を上げる事も無く動きを止める。
「ちょっ……、何を」
と言う真白の腕を制服警官が掴む。この感触には覚えがある。
「Request(要請) BehaviorMove(ビヘイビアムーブ)」
刑事が機械的に呟くと、母親はガクガクと手を震えさせ始める。
「誰かー!」
真白が叫ぶが、男達は表情一つ変えない。
突然、刑事の体が引きつるように仰け反り、そのまま固まった。
ざりっとノイズが走るように、刑事の姿は黒服の男に変わる。数瞬の間、映りの悪いテレビのように刑事と黒服の姿が入れ替わった後、粒子状になって消える。
その後ろには例の少年が立っていた。
警官は真白を盾にするように羽交い絞めにする。
少年はそのまま真白に向かって刀を突き出した。
銀色の刃は、さくっと真白の鳩尾に吸い込まれる。
背後で掴んでいた警官の体が引きつると、やはり粒子になって消えた。
刀が引き抜かれると、真白はペタペタと刃が通り抜けた辺りを触って確認する。
服にも体にも傷は無い。確かに何かが通り抜けた感触はあったのに……。
奇術か? それとも夢を見ているんだろうか。
「また来るぞ。早く移動した方がいい」
「え……でも」
と少年の声に母の方を見る。
「君がここにいなければ危険は無い。奴らがここに来たのは君が来たからだ」
そんな話は俄かに信じられないが、どうする事も出来ずに少年について家を出るしかなかった。
「でも、私がいなくなったら心配するんじゃ……」
パタパタと早足に少年の後を追いながら話しかける。
「心配はしない」
なんであなたにそんな事を言われなくちゃなんないのよ、と思うが出てきたのは言葉ではなく涙だった。
一体何がどうなっているのか……。訳が分からなかったが、今の状況が辛くて、悲しくてただ泣けてきた。
暫くすると少年が足を止める。
見るとまたパントマイムのように見えない壁に手を付いている。
ここはさっきの場所とは反対方向。どのくらい歩いたろう。結構な距離を歩いたのは息を切らす自分の様子を見れば分かる。
真白は少年を横目に追い越して振り返る。
「こっちに来られないの?」
「ああ、君の手を借りたい」
「どうすればいいの?」
「手を……繋いで欲しい」
はあ? と片眉を上げるが、少年にふざけている様子は無い。
まあ、助けてくれたのは事実だし、そのくらいなら……と手を出す。
少年はそっと手を取ると一歩踏み出す。
別に何も起こらない。普通に歩いただけではないか。
自分と手を繋ぐ口実にしてはまだるっこしい。
ありがとう、と言って少年は手を放す。
「ここと向こうでは情報を管理している場所が違う。パソコンでも大きな情報を扱うにはハードディスクを複数繋げるだろう? 同じハードディスク上のデータは移動しても直ぐだが、別のハードディスクに跨る移動は時間がかかる。全ての物体はインデックスだけをコピーしているが、インデックスを持たない俺は情報そのものをコピーしなくちゃならない。違法なデータはOSを介してコピー出来ないから、君の力を借りたんだ」
訝しげにする真白にパソコンに喩えた説明をしたのだと思うが、その意味は機械音痴の少女では全く理解できなかった。
そう、と興味なさそうに歩き出す真白に少年はついて歩く。
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