第8話

 昼間の賑やかな町の通りを真白は歩く。

 その隣には狭間の住人を名乗る少年が付いている。全身黒ずくめで腰には古風な帯、そこに刀を差していた。

 真白はそんな出で立ちの少年と歩いて大丈夫なのかとおどおどしていたが、道行く人達は誰一人少年を気にする様子は無い。

 コスプレか何かだと思われているのだろうか。刀もまさか本物とは思うまい。

 でももう少し奇異の目があってもよさそうなものだ。


 平日の昼日中にこんな所を歩くなんて滅多にない。

 いつもと違う様子を少し楽しみながら歩く。まだ午前中のため人通りも少ない。学校をサボッているような、ちょっとした悪戯をしているような気分だ。

 それにしても、

「お腹すいたな……」

 昨日から何も食べていない。小遣いは持ってきたのだからお金はある。


「今日はベッドのある部屋に泊まりたいな」

 何だかんだで昨日はほとんど寝ていないのだ。一休みしたかったし、シャワーも浴びたい。

 毎晩とはいかなくても今日くらいはホテルに泊まりたいものだ。

 真白は少年の服を引っ張って、少し離れた所にあるビジネスホテルを指差した。

「君を一人にするわけにはいかない」

「やあねぇ。二人部屋とってあげるわよ。……誤解しないでよ!! 兄妹だからね! 受付にはそう言ってよ!!」



 ホテルのロビーに入る。

 受付の女性は真白達を見て少し怪訝そうにしたが、

「あの……、兄妹です。その……飛行機に、乗り遅れちゃって。折角だし、お金はあるから一泊して帰って来いって……」

 と適当な話をすると、やや戸惑いながらではあるが受け付けてくれた。我ながら無理のある話だとは思うが、少年の刀も土産物に見えるかもしれない。

「お名前は?」

 兄であろう少年に向かって聞く。

「狭間……」

真黒まくろです! 私は妹の真白」

 少年の言葉を真白が遮る。

 受付の女性は少し困惑したようだが、

「ハザマ……、あいだと書く『間』……様でよろしいですか?」

 では二人部屋を、と部屋の鍵を渡してくれる。まだ子供という事でリーズナブルな部屋を当ててくれたようだ。


 部屋に入り、荷物を投げ出してベッドに座る。

「ついでだし、これからは『間 真黒』って名乗ればいいじゃない」

 と楽しそうに言う。

「別に構わない」

 済し崩しに名づけられた少年は興味なさそうに言う。

「決まり。私は当分の間『間 真白』ね」

 真白は部屋に置いてある案内を見る。

「晩御飯は別料金だけど、お昼までならビュッフェが料金に含まれてるよ。……まだ間に合う。早く行こ!」

 と真黒と名付けられたばかりの少年の手を引いて部屋を出た。

 ビュッフェの時間としては遅めなので他の客はいない。品も少なくなっているが構わない。

 真白はさっそく好きな物を皿によそって席に戻るり、入り口付近でぽかんと立ったままの真黒を見る。

 しょうがないなぁ……と真黒を席に座らせ、適当に見繕って皿に盛る。

「こういうとこ初めてなの?」

 もりもりと食べながら対面に座る真黒に聞く。

 ああ、と言いながらも皿に手をつけようとしない真黒に、

「もしかして遠慮してるの? ビュッフェは料金均一だからいくら食べても一緒だよ? 食べないともったいないんだよ?」

 真黒は真白を見ながらフォークを取り、真似をするようにエビフライを刺すと口に運ぶ。

 その様子はまるで原始時代からやってきた人間が始めてフォークを使っているような動作だ。フォークだけではない、食べるという動作そのものがぎこちない。

「た、食べた事ある?」

 よく考えればこの少年は元々おかしい事だらけだったのだ。物を食べた事が無いと言われても大して驚かない。

「いや、初めてだが……悪くない」

 と直ぐに慣れたように食事を続ける。

 真白は一瞬呆れたように固まってしまったが、お腹もすいていたので構わず食事を続けた。


「いままでは、どうやって生きて来たの?」

 食事を終え、お茶を飲みながら真白が聞く。

「狭間を取り込んで、身体の欠損を補ってきた。活動するためのエネルギーもそれで得て来た」

 本気なのか冗談なのか? という様子で聞いていたがこの少年に冗談のセンスがあるとは思えない。

「あなたのその刀。誰も気にしないね」

「俺と君の存在する『フレーム』を外部の情報から隔離している。俺の近くにいれば誰にも気づかれない。君のフレーム解析はもう済んだから、もうフレームを跨ぐ移動に手を繋いでもらう必要も無い」

 そういえば、今日は一度も例の儀式をやってないな。周りに人が大勢いるから恥ずかしいわけではなかったのか。

「じゃ、私達は透明人間なの?」

 紅茶を飲みながら、全く真に受けていない調子で言う。

「そういうわけじゃない。完全に隔離してはこちらからも干渉できないから。存在を狭間に少しスライドさせている。そうすれば周りから干渉されずに自由に行動できる」

「その狭間って何なの?」

「パソコンでも消したデータはすぐに失くならないだろう? ゴミ箱に移動するだけだ。それと同じ、システムは失われた物を完全には消去しない。再利用出来るように残してある。それが溜まっているのが狭間だ」

 パソコンの話は分かんないよ……と根を上げる真白に、

「あの世とこの世の境だと言えば分かりやすいかな」

 えーと苦い物を飲んだ顔になり、

「分かりやすいけど、分かんない」


「実際、死んだ者は一度そこに溜まる。間違いじゃない」

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