第27話
「なんじゃ? 何をしとるんじゃ?」
踏切の上でトレーラーを停止させたのを不審に思った浦木が立石に詰め寄る。
「なに。歓迎の準備をしようと思いましてね」
トレーラーのコンテナの中、小さな窓から外を確認しながら言う。
「何の事じゃ?」
「残してきた奴らから連絡がありました。アイツは来ますぜ」
「まあ。あの小娘の言う事などアテには出来んからな。しかし部下どもに捕まえられんかったもんがお前さんらに出来んのか?」
「元々捨て石ですよ。まあ訳の分からん事は言ってましたがね。重要なのはスタンガンからは逃げたって事です」
コンテナの中、巨大な台車に乗せられた檻の中の真白が不安そうな顔を上げる。
「電磁波攻撃は苦手という事か」
「そうそう。そして電磁波の多い場所って言って思いつくのが……」
「……まさかそれが踏切というわけではあるまいな」
立石は大きく笑いながらコンテナ内に設置されたパネルを操作する。
コンテナはゆっくりと回転を始め、窓から見える景色が回る。
九十度回転した所でコンテナは止まった。
立石は窓の外を指す。
「ま、それは洒落でさ。電車はもう動いてませんからね」
窓から見える施設は、……変電所。
「ここじゃ奴の能力も半減でしょ」
立石は後部の扉を開けて外へ出た。
静まり返る変電所の敷地を立石の手下が哨戒する。
立石の指示で予め準備をしていた連中だ。
暗視スコープをかけ、手には電磁ネットを射出するネットガンを持っている。
熊などの大型の猛獣を捕らえ、電流で大人しくさせるための物だ。
体に纏うプロテクターは立石のものと同じ銅線が敷き詰まっている。この作戦に参加する者は全員着ている物だ。
その手下の一人が変電所内に侵入する人影を発見する。
黒ずくめで、腰に刀を差している。
こんなに堂々と侵入してくるものなのか? と訝しむも、黙って通すわけにもいかないのでネットガンを向けて発射する。
四方に広がるように飛ぶ黒い球の間にあるネットは人影を包み込み、球が巻き付いて目標の動きを完全に封じた。
網が絡み付いて身動きの取れない人影に、球に仕込まれたスタンガンが電撃を浴びせる。
バチッと電気が走ると人影は粒子のように分散して消えた。
やったのか? と手下はゴーグルを上げて確認する。
すると離れた場所からも同じように発射音が聞こえ、勝どきが上がった。
「役立たず共が……。あんな手に引っ掛かりやがって」
鉄塔の上に立つ立石は眼下の闇をゴーグルで見渡しながら吐き捨てる。
だがそれでいい。間抜け共が踊ってくれるから相手の動きが予想出来る。
あそこで陽動しているという事は……、と真白のいるトレーラーのある踏切に向かって走ってくる車の影に目を留める。
道路は封鎖している。ここを走って来る車が一般車両であるはずはない。
立石は義手のようなゴツい左腕の調子を確認するように握る。
狭間から取り出した車に取り付いた真黒は真っ直ぐにトレーラーに向かう。
フレームに残された残滓の情報から、真白がトレーラーから出ていない事は分かっていた。
狭間に残された情報から映像や音を取り出して、過去に起こった出来事を知る事が出来るが、ビデオのように再生したのは真白に見せる為だ。直接ムラサメを手にしている真黒はその情報を一瞬で得る事が出来る。
もちろん情報量が多い場合はそれに比例して解読に時間がかかるが、知りたい情報が限定されている場合は話が早い。
車の残滓から、その車がどこから来たのかサーチ出来るように、その後どこへ行ったのかもサーチ出来る。
トレーラーを狭間から取り出して乗って来なかったのは、調べるまでも無く罠だと分かってるので寄り道をしてデコイ等を放っていた為だ。
狭間から自身の残滓を取り出した囮。ただの映像ではなく、真っ直ぐ走るようにプログラムしただけの実体を持った人形だが効果はあったようだ。
その混乱に乗じて真白を助け出す。真黒は距離が縮まってくるトレーラーを見据えた。
「よーし、そのまま入って来い」
踏切に遮断機は下りていないが電磁ワイヤーが渡してある。肉眼でも見えにくい上にこの暗さだ。
そのまま引っ掛かりやがれ、と見ていたが車はワイヤーに掛かる直前で停止する。
「何!? 読んだのか? とれともフレームとやらの能力で分かるのか?」
立石は少し驚いたが、狭間から取り出された自動車は以前ここを通った時の行動を再現しただけだ。つまり道路交通法に従って踏切前で一時停止したのだ。
真黒は車の屋根から跳躍し、電磁ワイヤーも飛び越える。
しかし着地する寸前、最初のワイヤーよりも低い位置に仕掛けられていたもう一本のワイヤーに引っかかる。
「トラップってのは二重に仕掛けるもんなんだよ」
地面に倒れ、電撃のため一瞬動きを奪われた真黒は、どこからか飛来した黒い塊に跳ね飛ばされた。
強い衝撃に一瞬意識が昏倒するも体勢を立て直す。
辺りを警戒するが立石の姿はない。
真黒はムラサメを少し引いて刃を露出させ、周囲のフレームにアクセスを試みる。
だが周囲にはおびただしい量の電磁波が渦巻いていた。立石は変電所の方に向けて跳ね飛ばしたのだ。
ムラサメに彫られた文字が激しく明滅する。
自身のフレームにアクセスし、身を守る為の
その不規則さと混沌さは雨の日の比ではない。陽炎のように歪み続ける画像の上に書かれた文字を読むのが困難なように、フレームの操作は困難を極める。
「ひゃあっ!」
奇声を上げて飛来してくる立石の影からサブマシンガンの弾がばら撒かれる。
真黒は地面を転がって避けるが数発はその身に受けた。
手製銃の為威力はないが何発も受ければ十分に命を奪える威力だ。
立石の影が通り過ぎ、体勢を立て直そうとする真黒の前に、ジュース缶ほどの塊が地面を転がる。
次の瞬間、缶は炸裂。釘状の金属を周囲に爆散させる。
目を庇うものの、鋭い釘が何発も体に刺さる。
ターザンのようにロープで飛来しながらサブマシンガンの掃射と同時に破片手榴弾を落とす。時間差攻撃でじわじわと追い詰めるつもりだ。
電磁波の妨害があるとはいえ、前回の反省からライフルや直接攻撃を避けているのだろう。
付かず離れず、確実に真黒の命を削っていく。
真黒の意識は出血とダメージで薄れていった。
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