第7話

 工場を出て、向かいにあるトタンで組んだ小屋に入る。

 建物と言うよりただの車庫のようで扉も無く筒抜けだ。雨風が凌げる程度だがないよりいいだろう。

 真白は毛布に包まって休む。

 少年は胡坐をかいて座り、刀に手を掛けて目を閉じている。

 眠ったわけではないようだが動かない。

 真白も神経が高ぶって眠れそうに無い。

「ねぇ。明日家に帰ってもいい?」

 聞いてみたが少年は答えない。

 まさかこのまま野宿を続けるわけにもいかない。いつかは帰らなくては……。危険が去るまでとしても一度は母の顔を見て安心したい。

 見ると少年は目を開けている。聞こえているはずだ。

「リペアドールは多少の不都合は捻じ曲げてでもシステムを安定させる」

 少年は前を見たまま話し始める。

 また訳の分からない話? と真白はややうんざりしたように毛布に顔をうずめた。

「刑事に化けたドールが、君のお母さんに触れたのを見たろう?」

 真白は毛布から顔を出す。

「あの時に、やつらはお母さんから君との繋がりを奪った」

 意味がよく分からない、と片眉を上げて少年を見る。

「つまり……、家や学校は、君がいなくても何事も無く進んでいく。だが戻ったらまたややこしい事態になる。危険になるんだ」

「どういう事?」

 真白は青くなって身体を起こす。少年はやや困惑した顔になるが、

「いや……、分かりやすく言うなら、みんなから君の記憶を消したんだ」

「そんな事……」

 できるのか? と言いたい所だが、今日だけでもたくさんの信じられない物を見たのだ。

「も、戻せるの?」

「ああ、……出来る。正しくは記憶ではなく『繋がり』を奪っただけだ。それによって発生する不都合はシステムが勝手に帳尻を合わせてくれるが、君が戻るとまたドールが奪いに来る。その時はもっと荒っぽくなる公算が高い」

 真白は唖然として黙り込んだが、

「それなら……、帰らなきゃ。帰って、思い出してもらわないと……」

 わなわなと震えながら言う。

「俺は、君を守るよう頼まれたんだ。出来るだけ危険な目に会わせるような事は避けたい」

 真白は蒼白になってじりじりと後ずさる。

「やだよ……、そんなの。やだよ」

 涙を流して離れていく真白に、少年は警戒する動物を手なずけるように慎重に手を伸ばす。

「いや、時間が経つほどに忘れるわけじゃない。もちろん、早いに越したことは無いが……、そうだ! 君の体。まずそれを何とかしないと。そのまま帰ってもまた同じ事の繰り返しだ。時間が経てば、治るかもしれないし」

 少年の様子から、今思いつく事を並べているだけだというのは分かったが、真白は少し落ち着きを取り戻す。

「そうだね。……まず、これを何とかしなきゃ」

 真白は毛布に包まった。

 このまま眠って、目が覚めたら何もかも夢だった、となる事を願って。



 廃工場の中、黒いスーツを着た男がポケットに手を入れて歩く。

 男は工場内を中央まで歩くとサングラスに手を掛け、サングラス越しに何かが見えているかのように空中を観察する。

「広範囲の……ZeroDivied(ゼロで割った)跡」

 と呟くと、無線機でも付けているかのように耳に手を当て、

「First-degree Emergency(第一種警戒態勢)」

 と言うと姿を消した。

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