第21話
「このファミレス。庶民的だけど結構大きいでしょ?」
永遠湖が紹介したファミリーレストラン。全国チェーンの有名店だが、その中でも大きな店舗だ。
天井も高く、中央には噴水が設置され、店内に水路が伸びて観葉植物が葉を伸ばしていた。
それほど高級というわけでもなく一般家庭が多く利用するこの店は、今日も家族連れが多く見られる。
特筆すべき点を挙げるなら、ここのオーナーは水無月だという事だ。
真白はたまにはこういう空間もいい、と人々の喧騒に心地好いものを感じていた。
メニューを見て、チーズのたっぷり入ったドリアを注文する。
真黒が出してくれる料理はどれも珍しい物ばかりだったが、結局前の人が注文した物に限られる。たまにはメニューから好きな物を注文するのもいいのだろう。
料理が来て、久しぶりの本物の料理に舌鼓をうつ。別に偽物の味が落ちるとかそういう事はない。気分的なものだ。
無邪気に喜ぶ真白の目を盗んで永遠湖は時計を確認した。
そろそろか、と少し落ち着きなく窓の外をちらちらと見る。
入り口のドアが開き、同じようなトレンチコートを着た大柄な男達がゾロゾロと入ってきた。
ドリンクバーに立つ人達が、その異様な雰囲気に押されて道を開ける。
男達は二人ずつのグループに分かれて店内に散らばった。全部で四グループ、一組は入り口に残っている。
入り口に残った二人に店員が恐る恐る「何名様でしょうか」と話しかげるが、男達はそれには答えず一斉にコートを脱いだ。
その下はプロテクターのような物のついた軍服。手には小銃を持っている。
男達は手にした小銃、俗に言うカービンライフルを上に向けて一斉に発砲した。
轟音と共に賑やかだった店内は一斉に静まり返る。
パラパラと天井から粉の落ちる店内に入り口にいる男が声を響かせる。
「この建物は我々が占拠した。全員速やかに中央に集まれ」
男は流暢な日本で話すが明らかに日本人ではない。
「速やかという言葉の意味が分からない奴はいるか?」
と男は固まったまま動かない店員に銃口を向ける。
店員は震えながらも客を誘導し始める。
厨房からも調理師らしい人達と軍服を着た男が出てきた。全部で十人。
永遠湖は冷や汗を掻きながらも冷静に状況を確認する。
この男達は水無月の差し金だ。正確には立石の手引きだが、手下ではなく本物のテロリスト。
彼らには依頼ではなく、有力な情報を流しただけなので仲間ではない。
資金集めの為に、水無月の娘を人質に取れる。水無月にとっては娘の身代金などはした金だ。だが他に死傷者を出したなら、金ではなく軍隊を出す。
そういう噂を流してあるものの、この連中にどこまで通用するのか正直分からない。
娘の特徴も流してある。小柄で白い髪をニット帽で隠した女の子、……と長い髪のスラリとした他に類を見ない美貌の持ち主。
真白だけでも構わないのだがさすがにそういう訳にもいかない。計画を立てたのは永遠湖なのだ。いざという時は真白を守らなくてはならない。
店員に促され、順に席を立っていく客の中で真白が泣きそうな顔をする。
「どうしよう~」
こういう所はまるで子供だ。出来るだけ怪我をさせないようにしなくては、と永遠湖が気を引き締めていると、
「ねぇ、助けても大丈夫かな~」
助ける? と永遠湖は片眉を上げて泣きそうな顔をしている少女を見る。
「ちょっと面倒だな。世界に対する干渉が大きい」
涼しい顔をして真黒が言う。
「とりあえず永遠湖さんだけでも外に出してあげようか」
と言って真白は永遠湖の手を取って立ち上がる。
困惑する永遠湖に構わず真白は客の列から離れる。だが、店員も男達も気に留める様子はない。
「え……、えと」
と明らかに動揺する永遠湖に真白は「ああ、そりゃびっくりするよね」という調子で、
「大丈夫。手を繋いでいれば、あいつらには見つかりませんから」
訳が分からないが、このまま外へ逃げられては困る。そもそも大衆の中で実行したのは真黒の力に対抗するためだ。手を繋いでいれば、と言った……なら。
「きゃっ」
とワザと転んで手を離す。顔を上げるとそこにいたはずの真白達の姿が見えなくなっていた。
あれ? と周りをきょろきょろと見回す。
ダン! と銃声が轟き、永遠湖の体をかすめる。
「おい! お前! 早く集まれ!」
壁際にいたテロリストが、銃弾に驚いて固まっている永遠湖を強引に引っ立てる。
そのテロリストのもう一方の手には、真白の腕が掴まれていた。
真白は永遠湖に苦笑いを寄こす。自分達だけで逃げる事も出来たのに、永遠湖を不安にさせない為に姿を現したのだ。
男は二人を見てひそひそと何語かで話すと、他の客とは違う所に連れて行く。水無月の娘だと気付いたのだろう。
男どもの屈強な腕で乱暴に掴まれ、苦痛に顔を歪めながらも、真白を安心させる為に気丈に笑顔を作って同じように掴まれている少女の方に顔を向ける。
だが泣いているかと思った真白は落ち着いた様子で、
「大丈夫ですよ。少しの間我慢してください」
と笑う。
さすがに真白達に気味悪いものを感じて冷や汗を流した。
真黒は集められた客とは少し離れた所に立っていた。
テロリストや客には見えていないが、フレームを共有している真白には見えている。
真黒は刀に手をかけ、じっと目を瞑っていた。
少し抜いた刀は彫られた文字を明滅させている。この建物を覆うフレームにアクセス、解析しているのだ。
フレームの操作に大きさは関係ない。一センチ四方のフレームも、数キロ四方のフレームも、一つのフレームである事は同じ、だがフレーム内に存在する情報量が違う。
その情報量が多い事が負荷に繋がるのだ。
フレームを出入りする情報量も同様。フレームが大きければそれだけ出入りが激しくなり、解析に負荷がかかる。真黒はフレームを『
通常対象物のフレームには刀で触れればアクセスできるが、離れた所にあるフレームにアクセスするには、双方を含む大枠のフレームにアクセスしてその内部を検索しなくてはならない。
真黒はフレームの検索システムにアクセスし、検索条件を絞り、広げを繰り返して対象物を特定する。
金属とカーボンを組み立てた模型物。そのカテゴリーインデックスを検索し、フレーム内に十個存在する事を確認すると、フレーム内のオブジェクト情報を解析。
オブジェクトの『時代設定』を操作、その製作年式を『百年』ほど先に進めた。
永遠湖は男達の様子に焦燥する。
犯行声明か、身代金要求をしたいのだが外に連絡が付かないようで、何やら揉めているのだ。
男達の声が大きくなり、行動が粗暴になる。
永遠湖は目の前で振り回される銃を「こっちに向けないで」と見ていたが、突然その形にざりっとノイズが走った。
二度、三度とノイズが走るとその黒い金属の塊は、銀色に変わる。
色だけではない、形も微妙に違う。小銃である事には違いはない。だがその形はまるでSF映画か何かに出てくるような『光線銃』だ。
テロリスト達の持つ武器は、全員オモチャのような物に変わった。
男達はしばらく不審な目で自身の手の中にある物を眺めたが、一人がその引き金を引いた。
激しい閃光と破壊音、そして客の悲鳴。
陽電子を応用して発射された粒子は目標物を対消滅させ、コルクを抜いたような円形の穴を開ける。
男は一瞬唖然としたが、すぐに奇声を上げて超兵器を乱射し始める。
それを見た他の男達も各々の武器を試した。
店内は閃光と轟音が鳴り響き、人質の客達は悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまる。
男たちが手を離したので、永遠湖も真白も身を伏せた。
実際百年後にこういう兵器が製造されるわけではない。部屋のフレームを管理するシステムは「百年経ったらこんな感じか?」というのを雑に計算して出現させただけだ。
その無茶苦茶な理論から引き起こされるありえない現象を、より大きなフレームを管理するシステムが傍観するはずもなく、狂喜乱舞する男達の背後に黒い服の男を出現させる。
一律に同じ顔をした、特徴のない事が特徴の男達。
テロリストは突然背後に現れた黒服の姿に驚いたが、ちょうど人間に試してみたかったんだとばかりに躊躇なく発砲する。
閃光と共に黒服の胸にぽっかりと穴が開いたが、黒服は動じる事もなく近づき、未来的な銃に手をかける。
ばりっと電撃のような光が走ると、銃は爆発した。
黒服はそのまま反対の手でテロリストの頭を掴むと、同じように火花を散らせる。
手の平と頭の間にばちっと火花が散るたび、テロリストの目や鼻、口から光が漏れる。
テロリストはそれに合わせてガクガクと手足を痙攣させ、その場に崩れ落ちた。
全員がその場に倒れて動かなくなると、黒服達は立体映像のようにブツンと姿を消した。
永遠湖は何が起きたのかも分からず頭を抱えていたが、静かになったのでゆっくりと頭を上げる。
目の前には破裂した鉄の塊、テロリストの小銃が落ちていた。
未来的な物ではない、彼らが持ち込んだ時のままの、普通のカービンライフルだ。
「永遠湖さん、大丈夫ですか?」
真白に助け起こされ、腰が抜けたようによたよたとついて歩く。
外に出ると警察やら何やらが集まっていた。
中に入り、人質を保護し、テロリストを確保する。
マスコミやら何やらが集まっていたが、人質だった客が誘導される中、永遠湖達は誰にも囲まれる事もなく人だかりから離れた。
「とんだ災難だったね」
隣の客が酔って暴れたくらいの調子で言う真白に、永遠湖は少し青ざめる。
自分は何という連中を相手にしているのか。
既に狭間の事情を知る永遠湖にはあまり影響はないが、事件はテロリスト達の武器が突然一斉に暴発し、そのショックでテロリスト達は気絶した、という奇妙な事件に置き換わる。
陽電子銃によって空けられた穴もシステムによって修復され、客達の荒唐無稽な証言も、混乱から来るものだと一蹴され、本人達も次第に「そうかも」と思うようになっていった。
一応何が起こったのか聞いてみたが、真黒の言う事はそのほとんどが理解できなかった。
真白も苦笑いしている所をみると同じなのだろう。
みんな無事だった事だし、ホテルを探しましょうか、と歩き出す。
「痛っ!!」
真白達に付いて行こうと足を踏み出した所で激痛が走る。
見ると足首が腫れている、あの騒ぎの中で捻ったのか。
よく見るとあちこちに打撲や裂傷がある。脇腹の傷は少し大きくて血が流れていた。
緊張していて気が付かなかったようだ。
「大変! 手当てしないと」
真白が慌てると真黒が片手で永遠湖の体を抱え挙げる。
ふわっと体が浮き、腰に手を回されているというのに苦しさがない。まるで真黒の体に磁石でくっついているかのようだ。
無造作に歩き出す真黒に抱えられながらもまったく揺れる感覚のない永遠湖は、下手に動かない方がいいんだろうとただ大人しくしていた。
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