第20話

「驚いた。真白ちゃん、普通に高校生してたんだね~」

 外に出た永遠湖は風に長い髪をなびかせながら真黒を振り返る。

 ああ、と素直に肯定する真黒に顔を近づけ、

「あなたも?」

「いや」

 興味津々に真黒の事を聞く永遠湖に特に隠さずに答える。昔の記憶は持っていない事、真白の父に頼まれた事、真白は人との繋がりを断って一緒に行動している事。

「私も一緒に行っちゃダメ? 本当は……、家に帰りたくないの」

 少し俯いて言う。

 真白達が兄妹でない事は、とっくに分かっている。真白がここにいたら反対するだろう。

 真白が家との繋がりを失くした時点で、永遠湖からも真白の素性は消えてしまっているが、二人を見ていれば一目瞭然だ。

「あまり賛成は出来ないが、真白がいいと言うのなら……」

 その言葉に永遠湖は若干むっとした顔をする。


「真白ちゃんかわいいよね~」

 振り返りながら、手を組んで伸びをするように伸ばす。

 うーん、と体を反らしてから力を抜くと、真黒に流し目を向け、

「真白ちゃんの事好きなの?」

 真黒は答えない。照れている、躊躇している、自分でも分からない、というよりフリーズしたパソコンのようだ。

「もしかして、何もしてないの?」

 腰に手をあて、呆れたように真黒の顔を覗き込む。

 生まれてこの方人としての生活をしてこなかったと言うが、この様子を見ているとあながち嘘でもなさそうだ。

 本当に女を知らないのだろう。ならば十分に付け入る隙があるかもしれない、と永遠湖は僅かに口の端を上げる。

「私が、教えてあげようか?」

 モデルのように真黒に歩み寄る。

 真白は確かに可愛いが、あれは子供の可愛さだ。女としてのレベルは自分の方が遥かに上だ。

 真白は普通の高校生から、この狭間使いの力を手に入れたと言える。ならば自分にもその可能性があるはずだ。

 真白を懐柔するより、直接アタックした方が早いかもしれない。


 真黒の眼前まで歩み寄った所で、室内と繋がっているドアが勢いよく開く。

「お待たせ!」

 ネイルサロンからはほんの数メートルだというのに、真白は全力疾走したように息を切らせている。

 もう少し時間があるかと思ったが、片手だけで済まして、それもかなり急かして出てきたようだ。

 やれやれと思うも、その様子を見て永遠湖は吹き出すような笑いを押し殺した。





 皆が寝静まった頃、永遠湖はベッドから体を起こす。

 隣のベッドには真白が寝ている。続きになっている隣の部屋には真黒が寝ているはずだ。

 だが真白や永遠湖のボディガードなのだから、まだ起きて警戒しているかもしれない。

 永遠湖はそっとベッドから出る。

 真白を見ると布団を折りたたんで抱き枕のように抱いて寝ていた。

 その無防備であどけない顔を少し覗き込み、放り出している毛布を上にかけてやる。


 そっとドアを開け、部屋の外に出た。

 気付かれてもコンビニにでも行っていたと言えばいい。弁明の必要がないように本当に近くのコンビニに足を向ける。

 あの連中の能力は計り知れない。ここまで離れても安心できないのだが、と不安を覚えながらもハンディレコーダーを耳に当てて録音内容を再生する。

 真白達に会った直後、喫茶店でトイレに立っている間に仕掛けておいたものだ。


 会話の内容を聞き、足を止めてまた再生する。

 三度内容を聞いたが聞き間違いではない。

「時間を止める?」

 正確には違うとか言っているが、似たようなものなのだろう。信じられないが実際ワープしたのは自分なのだ。

 その時の事ははっきり覚えている。

 突然景色と重力の方向が変わり、コケそうになった。


 捜索網にも引っかからず、あの状況下で自分をあっさりと助け出した。

 真白は体の事を隠しているので、あれは副作用的なものかもしれない。

 そしてその力の元が、真黒が差している刀にあるのではないかと永遠湖は当たりをつけていた。


 浦木や立石に情報を伝える為に携帯を開く。

 情報を渡し、真白を捕獲すれば組織の手柄となり、自分の株は上がる。しかしそれだけでよいのか? 道楽で飼っている機関とは言え、得たものに利用価値があると分かればジジイ共はあっさりと永遠湖から取り上げるだろう。

 どれだけ永遠湖の手柄だと主張しても、危険な力から娘を守る為だとか、理由はいくらでも作る事が出来る。

 正直、それは面白くない。

 真白のように、あの力を自分の物にする事が出来たなら……。

 永遠湖は腹の底で欲が蠢いているのを感じ取っていた。

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