第9話
レストランを出て部屋に戻る。
シャワーを浴びたかったのだが、真黒は部屋を出ようとしない。
シャワールームにも鍵が付いているとは言え音を聞かれるだけでも恥ずかしい。
しかしドールはこんな壁簡単に越えてくると言われれば仕方ない。
渋々だがさっさと浴びる事にした。
着替えの服を着て、バスタオルで頭を拭きながらシャワールームを出る。
バスタオルから頭を抜くと真黒がキョトンとした顔で見ていた。
「ああ、これ? 普段はカラーしてるんだ」
白くなった髪をいじりながら言う。眉も、まつ毛までもが白い。
「ホントに治るのかな?」
「分からない。……難しいと思うが君が望むのならやってみよう」
真白はベッドに座る。
この黒ずくめの少年はどうしてここまでしてくれるのだろう。
「父に……どんな恩があったの?」
真黒は一瞬戸惑った様子を見せたが、
「俺は狭間の住人、狭間から産まれた。狭間を研究していた人間達によってね。幸人もその内の一人だった。だが幸人は俺を助けてくれたんだ」
人間ではない、という事なのだろうか。
「幸人は俺も人間だと……、そして友人になってくれた。このムラサメを持たせて逃がしてくれたんだ」
と言って刀を見せる。
村雨というのは聞いたことがある。確か有名な刀だ。……いや、それは村正だったか?
「幸人はこの刀が災いを招く事が分かったんだろう。これを人間から守って欲しいと託された。それに、俺はこれがなければ生きられないしな」
追って来るドールから身を守る為と、さっき言っていたエネルギーを得る手段の為に必要な物らしい。元々命を持たない存在は物を食べるだけでは不十分だという事だ。
「だがそのために幸人は組織から追い出された。それからしばらく会わなかったが、少し前に助けて欲しいとやって来てね」
「少し前?」
「……二週間ほど前だ」
え? と真白の頭は混乱する。
「二週間って、二週間? 十四日?」
それはごく最近まで父が生きていたという事か?
「その時にこのムラサメを貸した。そして君の事を頼むと言い残して行ってしまった」
「どういう事? 全然分かんないんだけど……」
真黒は少し言い淀んだが、意を決したように口を開く。
「君のお父さんは、この前まで生きて君と一緒に暮らしていた。そして、リペアドールに消された為に、君達の記憶からも消えたんだ」
真白は黙って目を泳がす。
思い出そうとしているのだが、何も出てこない。
「俺も君達の生活は知らない。思い出すきっかけになる事は言ってやれない。……済まない」
そう言われても何も思い出せないのだから、思う所も無い。
「俺がムラサメを貸したりしなければ……。幸人なら、取り返しのつかない事はしないと思っていたのに」
と言って顔を伏せる。
「父が、何をしたのか分かる?」
「たぶん君は、事故か大怪我をしたんじゃないか?」
真白は驚く。
「そう。交通事故にあって……私は覚えてないけど、しばらくの間意識がなかったって」
「かなりの重傷だったんじゃないか。狭間の力を借りる必要があるほどの」
その時に、こうなっちゃったわけ? と耳に触れる。
「ムラサメは扱うのが難しい。下手をすればシステムを壊す。代償は大きい。それでも幸人は君を助けたかったんだろう」
「あなたは平気なの?」
「俺は元々狭間の住人だ。それに、最初の頃はドールと戦いの日々だった」
刀を使い慣れて、システムへの干渉の危険が少なくなるとドールが襲ってくる頻度も減ったと言う。
お腹いっぱいになったら、眠くなってきた。少し眠ろうとベッドに入り、枕に顔をうずめる。
顔を横に向けると、真黒が隣のベッドの上に胡坐をかいて座っている。目は閉じているが、寝ているわけではないようだ。
「寝ないの?」
という問いにあっさり肯定する。
ずっと起きていられると寝にくいのだが……、と思いつつもすぐに睡魔が襲ってくる。
本当に疲れていたようだ。意思とは関係なく、真白の意識は深い闇へと落ちて行った。
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