第12話

 街の繁華街の中、大きな魚をマスコットキャラクターに宣伝するこのネットカフェは全国に店舗を持つ有名店だ。

 ビル一つ丸ごと占有し、ネットスペースだけでなくダーツ、ビリヤード、カラオケなど若者が利用しそうな施設はおおよそ入っている。

 ネットの口コミ・ランキングでも常に上位、国内最大級という触れ込みの人気店だ。

 その大きな入り口を通り、一番安い個室を取る。

 一人用だから真黒は入れないが、狭間に隠れて個室の前で見張っている。

 部屋を使わないなら不正使用ではない。

 彼ばかりに見晴らせてちょっと悪い気はするが、実際お金も乏しいのだから仕方ない。

 なにより……、と携帯を取り出す。

 個室にはパソコンも常備されているが真白はこの手の機械は苦手なのだ。

 直接連絡を取っては相手の身が危険だと言われていたので電話は掛けなかったが、やはり母や友人の事が気になる。

 メールなら……、と思って真黒の目を盗んで円佳にメールをしていたのだ。母は真白以上に機械音痴なのでメールは見られない。


 だが……携帯に返信は入っていなかった。

 真白はコミュニケーションアプリを立ち上げ、円佳とのやり取りの履歴を確認する。

 やっぱり繋がりがなくなったなんて嘘ではないか。こうしてやり取りの軌跡が残っている。

 事故の後バタバタしていたのもあってここ数ヶ月間はあまり書き込んではいない。

 真白はいつもの調子で書き込みを入れる。

『今何してる?』

 携帯を手に持ち、じっとレスを待つ。

 時間にすれば数分、しかし時間は真白にとっては火の上で座禅をするように辛い。

 耐え切れずに次の書き込みを入れる。

『どうしたの?』

『ここんとこ連絡しなかったから怒った?』

『今ちょっとトラブってるから逢えないけど、また今度買い物に行こうよ』

 どんどんと書き込みの間隔が短くなるにつれ焦燥感が募る。

 いつもならもうとっくにリアクションがあるはずなのに……、平日だが学校も終わっているはずだ。

 泣きそうな顔でまた書き込みを入れる。

 決定のボタンを押した時、真白は信じられものを見た。

「アクセス拒否!? どういう事?」

 携帯を持つ手が震える。

 何かの間違いではないのか? きっと回線トラブルだ。

 恐る恐る携帯を操作し、他の友達の所にはちゃんと書き込める。しかしレスは入らない。

「誰か……、誰か返事してよ……。高梨先輩でもいいから」

 携帯を握り締め、涙を落とす。


 きっと手が離せないんだ。そこへ焦って怒涛のように書き込みを入れたからウザかったんだ。

 明日になれば、笑って解除してくれる。

 そう自分に言い聞かせるも、無意識に携帯を操作する。

 短縮に入っている円佳の番号を呼び出し、発信ボタンを押す。

 呼び出し音の鳴る携帯を耳に当てながら、真白は何も考えられなくなっていた。


 呼び出し音が途切れ、繋がった音がする。反射的に声を上げそうになったが、

『ダメだよ』

 受話器から聞こえてきたのは円佳の声ではなかった。

 聞いた覚えのある、女の子のような小さな男の子のようなこの声は、

「チェシャ猫?」

『ダメだよ。逃げないと……』

 ぶつっと通話が切れると、辺りは信じられないくらい静かだった。

 まるで時間が止まったかのような静寂。

 危険なものを感じて固まっていると、突然携帯が鳴り出す。

 着信音のようではあるが、こんな着信メロディは設定した覚えがない。静寂の中、かなり大きめな音に驚いて慌てて携帯を操作する。

 しかしどこを押しても携帯の音は鳴り止まない。


 あたふたと携帯をいじっていると突然隣の個室と仕切っている板が蹴破られた。

「うるせぇんだよ!!」

 割れた板の間から男の人が現れて、真白に掴みかかってきた。

「ひゃっ!」

 狭い個室の中、どこへ逃げる事も出来ずに身をすくめる真白に伸ばされた手は、目の前でピタッと止まる。

 見るとドアを突き破って刀の刃が伸び、男に突き刺さっていた。

 刺し殺したというより、男は時間を止められたように空中で停止している。

 熊の剥製のような形で固まる男を「そこまで怒らなくても……」という感じで見上げていたが、周りから次々と同じような怒声が上がる。

「うるせぇ!」

「静かにしろ!!」

 あちこちで壁を壊す音が響き、真白の頭上からも別の男が敷居を乗り越えてきた。

 ドアを開け、前に立つ人影に一瞬驚くも、すぐ真黒だと理解して隠れるようにすがる。


 まるでホラー映画のように四方八方から客が怒りの形相で迫っていた。

 真白は鳴り響く携帯を見つめ、遠くへ放り投げる。

 新鮮な肉に群がる野犬のように、皆そっちを追いかけてくれるかと思ったが甘かった。

 客は皆、真白を睨んでいる。

「どうなってるのよ。なんで、普通の人が……」

「これもリペアドールだ」

 普通システムは影や無機物をリペアドールに変えて襲う。

 常にもっとも手っ取り早い方法で事態を収拾するため、ちょっとやっかいな存在が現れてしまった場合は、事故やトラブルを作るより「どこか分からない所から、いきなり知らない人が現れて彼女を殺してしまいましたとさ」とするのがめでたしなのだ。

 公共の場で、人間をドール化して襲ってくるなど後始末が大変だ。システムはかなり焦っているか、本格的に真白を抹殺するつもりだと真黒は言う。

 そんな解説よりも今を何とかしてほしい、と真黒にしがみ付く。後ろに隠れたいのだが、客は全方向から迫っているのだ。

 真黒は迫ってくる客を一人一人刀で刺していく。しかし刺された人は止まるでもなく、うな垂れるように両腕をだらりと下げただけだった。

 目の前まで迫っては来るものの、その後何もしようとしない人だかりを掻き分けて外へと向かう。

 皆真白をロックオンしたように注視して近づいてくるが襲っては来ない。

 まるでゾンビの群れようだと不気味がる真白に真黒が振り向きもせず解説する。

「この人間達のフレームを動結どうけつして『攻撃する』という行動を封じた。もう危険は無いが、システムが復旧する前にここを出よう」

 助かるなら理屈はどうでもいいんだけど……、と行列のようにぞろぞろと付いてくる人達を尻目にネットカフェを出る。


 だが裏口から出た二人の前に、小さな女の子が立っていた。ボール遊びをしていたのか、手にはボールを持っている。

 細く、藍色の長い髪をした少女はお人形さんのように愛らしいが、その子はボールを手に刀を持った真黒を見て固まっている。

 ドタバタの直後だった為、姿を消していない真黒達の姿が見えている。

「き……」

 少女は口を引きつらせて悲鳴を上げる直前の体勢になる。

 少女が手に持ったボールほどに口を大きく開けるのと同時に、真黒は刀で少女の喉を突く。

 街全体に聞こえるほどの悲鳴になるのではないかというほどの大きな口だったが、そこから音が発される事は無かった。

「ちょ、ちょっと! 何やってるのよ!」

 怪我はさせていないのだろうが、こんな小さな女の子を刀で刺している光景というのはいかんともし難いものがある。

 真白は真黒の腕を取り、引きずるようにしてその場を走り去った。



「事態は君にとって、あまり喜ばしくない方向に展開しているようだ」

 前を歩きながら、刀を腰に差した真黒は言う。

 この少年にそういう言い方をされるととてつもなく恐ろしい。

「私、どうなっちゃうの?」

 真白の体が狭間の異常によるものなら次第に修正されていくはずだ。

 幸人にムラサメを貸し与えた以降にそうなっているのだし、ドールが襲ってくるのだからおそらく間違いない。

 しかし真白の体は一向に変化が見られないし、ドールの襲撃はより過激になっている。

 やはり原因を調べて解決するしかないようだと真黒は言う。

「君の家に戻って幸人の行動の軌跡を辿ろう」

「家へ……」

 母のいる家へ。

 正直怖い。

 透明化して帰るのだから問題は起きないだろう。しかし目の前にいながら自分を無視する母を見て耐えられるのだろうか。

 母のいない間に家に帰れば……とも考えるが、なぜ自分の家に留守を狙って忍び込まなければならないのか。それこそ自分が家の者ではないと認めているようなものだ。


「少しだけ……、少しだけ考えさせて」

 真白は雲行きが怪しくなった空を見上げた。

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