第11話

 早めの朝食を終え、ホテルをチェックアウトして外へ出る。

 財布の中身を見て流石に無計画だったと反省する。

 元々期待してはいなかったが真黒は金銭と言える物を持っていない。

 昨日は一日中寝ていたので食費はかかっていないが、今夜ホテルに泊まるのは無理だ。

 財布の口を広げ、ひっくり返して中を覗き込む。だがそこには虚空とも言うべき暗闇が広がっているだけだ。

 愛しの諭吉様、私を置いてどこへ行ってしまったの? と嘆いていると真黒が無機質に話し掛ける。

「失くしものか?」

「ええ、今朝までここに入っていた物がね」

 半ば相手にしていない調子で答えたのだが、真黒は刀を抜いて財布の中に突き立てた。

 小さく悲鳴を上げて驚いたが、次に起きた事を見て更に驚く。

 財布の中に愛しの諭吉様が帰って来ていたのだ。

「なに? これ。どうやったの?」

「その物入れのフレームに残っていた情報から今朝入っていた物を取り出した。それで合っているか?」

「合ってる合ってる。凄いじゃない。…………でも、このお金どこから来たの?」

「君が今朝持っていたのと同じ物だ」

「……じゃホテルに払った方のお金はどうなるの?」

 番号も同じなら片方は偽札という事になるのではないか?

「同じIDを持つ物体は同時に存在出来ないから片方は消える。通常狭間から抜き出した方が消えるが心配ない、ムラサメでそっちを維持するよう手を加えた」

「じゃあホテルに払ったお金は消えてるって事?」

「そうだ」

「……犯罪じゃない!」

 無銭飲食、無銭宿泊だ。この歳で犯罪者か? 指名手配だ。逮捕だ。カツ丼だ。死刑だ。

 犯罪という物に免疫がない真白は目に見えてパニックを起こす。

「大丈夫だ。システムが帳尻を合わせてくれる。君に皺寄せがくる事はない」

「どういう事? 具体的にはどうなるの?」

「状況から予想するなら、誰かが数え間違えた事で落ち着くんじゃないか?」

 誰か? この場合、受付をしてくれたあのお姉さんのせいになるのではないか?

 あの人は門前払いされてもおかしくない自分達を世話してくれたのだ。他に人もいなかったし、もしかしたらこっそり通してくれたのかもしれない。

「ダメよ! そんなの!」

 そんな人の好意を仇で返すような事が真白に出来るはずもない。


「さあ! 返して来なさい!」

 人の物を黙って咥えてきた犬を叱るように送り出す。

 透明になれるのだ。こっそり返すのはわけないだろう。

 かろうじて死刑は免れたものの事態が深刻な事に違いはないと、真白は再び眉間に皺を寄せる。

 貯金を下すか、と契約しているATMを探す。

 先の事を考えての貯金だったがこの場合仕方ない。


 ATMを発見し、カードを入れる。だが残金を見て愕然とする事になる。

 おかしい。一万円ちょっと入っていたはずなのに……。残金は三桁だ。しかも百の位が二……。

 これもリペアドールの仕業か……。きっと真白を窮地に追いやる為に預金の残高まで操作したのだ。

 目を閉じて歯噛みしていたが、事故よりも前に円佳と買い物に行った時に可愛いワンピースを見つけて一緒に買ったのを思い出した。

 何て事……、まだ預金が残っている事をアテにしてのホテル泊だったと言うのに……、とATMに手を付いて歯切りしていると真黒が横から覗き込む。

「どうした? お金とやらが出てこないのか?」

「ええ、もう残ってないのよ」

「いや。ちゃんと入ってるみたいだぞ?」

 真黒が手に持った札束を見せる。

 札束など真白は見た事もない。三百万円くらいあるだろうか。

「あ、あなた……、また!」

「いや、狭間から抜き取ったんじゃない。ちゃんとこの機械から出したんだ」

 見るとATMの側面が刃物で奇麗に切り取られ、中の機械とお札が見えている。

「それでもドロボーよ! 銀行の人が困るでしょ!」

 いや、困るのは輸送した人かその会社かもしれないが、とにかく迷惑をかける事に違いはない。

「戻して!」

 やや釈然としない様子だが素直に戻す。切り取られたATMの側面は、ピタッとはまって元に戻った。



 また眉間に皺を寄せて歩く。

「しかし、君はこの『お金』というやつがなくて困ってるんじゃないのか?」

 ええそーよ、と声の方を見ると真黒は手に千円札を持っている。

 見る見る顔を赤くする真白に、

「い、いや。今度は狭間の力は使っていない。そこに落ちてたのを拾ってきたんだ」

 真黒が指す方は公園の噴水、皆が願い事をかけてお金を入れる女神の泉だ。

「それもダメ。皆の願いがこもってるお金だから、勝手に持っていっちゃダメなの」

 どうりでお札が濡れている。しかし狭間の力を使わないで……? と周りを見渡すと通りがかりの人達が一斉に唖然とした顔で真白達を見ていた。

 再び真白の顔が真っ赤になる。



 日も陰り、夕方と呼ばれる時間帯が近づく頃、真白はぐったりしたように街を歩く。

「私にお金は必要ありません……。もう十分です」

 お金がないお金がないと言うから、この家来のように付き従う少年はお金を持ってくるのだ。

 しかし本当にお金がない事には違いない。今夜の宿をどうしよう。

 あまりよく眠れないがネットカフェにするか。そのくらいのお金は残っているし、野宿よりましだろう。

 それに人の多い場所の方が安全に違いない、と近くに見えたネットカフェに足を向ける。

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