第17話

 高級ホテルのVIPルームのドレッサーの前で白い髪の少女は、鼻歌を歌い角度を変えながら鏡に映った自分の顔を確認する。

 ホテルに備え付けのメイク道具を少し使ってみたのだ。

 鏡に映しながらダイヤらしき宝石のついた耳飾を耳にぶら下げる。ピアスは開けていないので耳に挟むタイプの物だ。

 同じく豪華な宝石のネックレスをして鏡に映し、くすっと笑った。


 立ち上がり、窓を開けてテラスに出る。

 風が気持ちいい。二十二階にある部屋からの眺めは格別だ。

 真白は風に当てるように高価な指輪のはまった手を伸ばす。


 普通の生活を諦めて、真黒と共に行く事を決めて数日だが、早くも馴染んでしまったようだ。

 何不自由ない生活とは正にこの事。

 ホテルの空き室には出入り自由。チェックイン時間を過ぎれば翌日までは使い放題。出る時には真黒が使用前の状態に戻してくれるので、システムも何も咎めない。

 それにここはVIPルーム、前に来た客の着けていたアクセサリーも抜き放題なのだ。フレームから外に持ち出さなければ何も問題はない。

 フレームの境界は真白には分からないが、窓から手を出したくらいでは大丈夫らしい。

 それに少しくらい持ち出した所で大した事はない。勝手に消えるだけだ。盗みではないし、システムに不都合もない。

 食べ物もいくらでも出す事が出来る。もっとも真白も真黒と同じ狭間からエネルギーを得られるそうなのだが、真白は食べたいのだ。

 それにいくら食べても真白の体型は変わらないというのだから言う事はない。


 日陰者なわけでもなく、人の中を堂々と歩けるし、映画や劇は自由に見られる。その場限りなら人と話す事も問題ないし、ネットで架空の名前で人と会話する事に問題もない。

 携帯は処分してしまったが、鞄から使えていた頃の携帯を取り出せる。回線がどうなっているのかは気になるが、そこはシステムが勝手にやってくれるそうだ。

 高校の友達、円佳とも新しく友達になり近況などは聞いている。円佳の中では真白は外国を旅するお金持ちの女の子という事になっている。元の自分を忘れてしまっているのは少し寂しいが、繋がりが完全に絶たれたわけではないのだ。

 何より真黒がいる。寂しくはない。

 始めは人の道に外れていると怒ったが、最終的に盗んだ、勝手に使った、という事実が世界に残らない、迷惑をかけないのなら問題ではない。これは一瞬の夢のようなもの。

 真白が世界への干渉を諦めた時点で、世界も真白達に干渉しなくなった。常に膨大な問題を抱える世界から見れば、真白は取るに足らない存在。邪魔さえしなければ積極的に排除もしない。真白も少しずつだが世界というものを理解し始めている。


 家を出た直後は絶望に打ちひしがれたが、本当は事故で死んで天国にいるのではないかという気さえしてきた。

 そういう感じで真白は第二の人生を満喫している。



「ねえ」

 室内のベッドに胡坐をかいて座っている真黒を振り返る。

「今日は遊園地行きたい! 出来る?」

「ああ」

 真黒は事も無げに返事をする。


 東京ニャンジャランドは世界各地にある遊園地だ。

 日本にあるニャンジャランドも海外や地方からの来訪者も多く、平日でもかなり混んでいる。

 真白も一度家族で行った事があったが、休日だったため移動と待ち時間でほとんどアトラクションには入れず、レストランもいっぱいで結局家に帰って食べたのだ。

 二度と行くものか、と思ったものだが平日ならば「並の混んだ遊園地」くらいになるのではないだろうか。


 しかしここからだと移動にも時間がかかる。

 駅に入る所まではよかったが、電車の前の人の列を見てげんなりする。

 人の中にいるのは好きだがさすがにこれは……。

 真白は背が低いので、満員電車では二酸化炭素しか吸えないのだ。

 真白の表情を察した真黒は、真白を抱えて電車の屋根に跳躍する。

「ひゃっ! ……ちょ、ちょっと! 危ないでしょ」

 電車が発車の警笛を鳴らしたので、悲鳴を上げて屋根にしがみつこうとする。

 だが景色が動き出しても振り落とされそうになる事はなかった。

 風もない。地面に立っているかのように全く揺れない。

「この乗り物と俺達のフレームを固定した。危険はない」

「早く言ってよね」

 何事もなかったように立ち上がって埃を払う。


 目的地に到着し、咎められずに入れる所までは予想したが、アトラクションの列を見て苦笑いする。

 気付かれず列の前まで行けても乗り物に乗る事は出来ない。刀だけを人の目に付かないようにして列に並ぶ事は出来るそうだが、

「さすがにこれはどうしようもないよね」

「早く乗りたいのか?」

「出来るの?」

 真黒は列の最後につき、刀に手をかける。

 真白はその横に立っていたが突然景色が変わる。

 変わった景色はアトラクションの中、もう順番が来るという位置だ。

 真白は少し動揺したが、それは後ろに並ぶ人も同じだった。

「列の前の方にいた二人組とフレームを入れ替えた。少し騒ぎになるかもしれないがシステムが何とかしてくれる」

 入れ替えたって事はここに並んでた人は最後尾に……?

 若干申し訳ない気持ちになったが、すぐに自分達の番が来たので気持ちを入れ替える。このアトラクションは恐いのだ。



「もう一回いい?」

 出口から出てきた真白は、やや乱暴に地面を踏み締めながら歩く。

「そんなに気に入ったのか?」

 真白は顔を赤くして振り向き、

「今度はそのフレームって奴? 固定しないで乗せてよね! ただ座ってただけじゃない!」

 フリーフォール系のアトラクションだったのだが、慣性も何も感じなかった。ただ景色が動いただけだ。

 恐いのは嫌いではなかったか、とやや釈然としない様子の真黒だったが、素直に真白に付いて行く。

「今度はちゃんと並ぶからね!」

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