第18話

 ニャンジャランドの名物の一つであるレストランのディナーショーを見ながら料理を堪能する。

 半球のドームの中央にステージがあり、そこでのマジックショーやコントをお客が取り囲むように鑑賞するのだ。

 出し物が、全方向を対象とした趣向を凝らしてあって珍しい。だが一応正面となる位置は決められている。

 普段は何ヶ月と予約を待たなくてはならない。

 そんなレストランの一番いい席で、真白はフランス料理にナイフを入れていた。

 もちろん、予約などしていない。

 ここが空いているわけでも、元の人達を追い出したのでもない。

 この空間には元々予約していた人達がちゃんと座っているというのだ。

 空間、つまりフレームを重ね合わせて互いに干渉しないよう断絶している。

 狭間の技、枠断すいだんの応用だというのだが真白にはさっぱりだ。ただかなり負担はかかるようで、真黒は刀に手をかけたまま食事もせず黙っている。

 無愛想なのではなく自分の為にやってくれているというのだから、と大人しくショーを鑑賞する。

 しかしステージに目を向けながらも考えてしまう。

 この少年は自分の事をどう思っているのだろう。

 なぜここまでしてくれるのか、という質問には決まって同じ答え、「父に頼まれたから」だ。

 でも頼まれたのは守ってもらう事、ここ最近の行動は全て真白の我儘だ。

 どんな頼みでも聞いてくれるので甘えてきたが、どこまで聞いてくれるのかと今日はかなり無茶なお願いをしたつもりだった。

 しかし怒る事もなく全て聞いてくれた。何でも出来る魔法使いを召使いにしたようで悪い気はしなかったのだが、こうやって落ち着くと少し悪い事したかな、と思う。

 真白の言う事は何でも聞いてくれるが、真黒は真白に対して要求をした事は一度も無い。

 本当に我儘な妹を可愛がる兄のようだ。


 正直、「私の事を好きなのではないか」とも考えるが、真白がこういう境遇になった事に責任を感じているのでは? という考えの方が大きい。

 納得できるし、厳密には間違いではない。

 だが真黒がいなければ自分は事故でそのまま死んでいたのだし、やはり感謝こそすれ責める道理はない。


 では自分は? 真黒の事をどう思っているのか?


 もちろん嫌いではない。むしろ好きだ。というよりここまで言う事を聞いてくれる男を嫌う女性はいない。

 ただあまりに融通が利きすぎて「物足りない」と言えば確かにそうだ。

 嬉しい反面、飽きが来るのも早い。



 レストランを出て、人の少なくなった通りを歩く。

 もうかなり暗いが、これからパレードがあるのだ。

 真白は真黒の腕を取って先を急ぐ。

「ねぇ、あのカフェの屋外席開いてるよ! あそこに座ろう!」

 ああ、とやや困惑しながらも従う。

 急がなくても座りたければいくらでも……、と考えているのだろう。

「刀は無し! まだお小遣い残ってるから。私の奢りだよ」

 席を取り、コーヒーを注文して椅子に座る。

 ほどなくして電飾に彩られた乗り物に、着ぐるみやマスコットキャラクターを乗せた一団がやってくる。

 パレードを見ながら、どう切り出したものかと悩んでいたが、意を決して聞いてみる。

「真黒は、どうして私の言う事聞いてくれるの? お父さんに頼まれたのは私を守る事でしょ? 今日みたいに無駄に力を使うのは、私が余計な危険にさらされるんじゃないの?」

 真白なりに考え抜いた末の質問だ。これなら「頼まれた」以外の答えが返るはずだ。

 真黒は暫く黙っていたが、

「俺は、君のように人としての生活がない。始めから狭間の住人だ。ずっと生き残る為に刀を使いこなす修練を積む生き方だった。それ以外を知らない。だから、君が人の楽しみを教えてくれる事が嬉しいんだ」

 真白は一瞬きょとんとしてしまったが、やがてぷっと吹き出す。

 そして困惑する真黒を余所に声を上げて笑い出した。


 少しでも期待した自分がバカみたいだ。

 そうなのだ。真黒は人間として生まれたのではない。女の子を口説こうなどという甲斐性があるはずがないのだ。

 期待は外れたが嬉しい答えだ。真黒も楽しんでくれている。今はそれで十分だ。

 真黒にも人としての楽しみがあるのなら、そのうち恋をする楽しみも覚えるかもしれない。


 自分に教えられるとは思えないが、共に学んでいけばいい。

 その方が楽しそうだ。真白はこれ以上ないくらいに顔を崩して笑った。

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